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2015年3月 8日 (日)

映画「Play back」

「Play back」

原題名: Play back
監督: 三宅唱
脚本: 三宅唱
撮影: 四宮秀俊
編集: 三宅唱
照明: 秋山恵二郎 玉川直人
出演: 村上淳,渋川清彦,三浦誠己,河井青葉,山本浩司,汐見ゆかり
主題歌: 大橋トリオ

時間: 113分 1(時間53分)
製作年: 2012年/日本

(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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人生の万事に渡って行き詰まりを感じていた俳優業を生業とする"ハジ"は
病院で旧友に突然再会する。旧友に誘われるままに、故郷に向かうと、
いつのまにか高校時代に戻っている自分がいた。。

 

 村上淳と渋川清彦が横を向いて並んで映っているショットに強烈に惹かれる
「何か」を感じて観た。予想通り、二人共とても上手い。二人が共演しただけで
本作は8割9割成功も同然だっただろう。

 そして、本作は"ある種"のSF映画であり、"ある種"のパラレル・ワールドを
描いている。恐らく、偶然の産物による映画としての、物語としての「破綻」が、
本作に奇跡をもたらして、作品に至高の価値を与えている。

 村上淳と渋川清彦が両輪となって心地よく、力強く引っ張っていく学生
時代の、結婚式前後のエピソードの、校舎での踊り場での「永遠の無駄話」
の何と楽しいことだろう。これまで観た回想的なシーン、"仲間内"というものを
描いた作品の中では圧倒的にNo.1の描写で、当分は揺るぐことはないだろう。
これらの一連のシーンは、終わる必要がなく、場面展開も必要なく、ずっと、
いつまでも観ていたいと思う。
村上と渋川二人を始めとした演者達の笑顔の何と自然なことだろう。

 物語を『世界の外』から「神様」の視点になって作るのではなく、記憶を
必死に繋いでいく、あるいは忘れようとしても村上淳演じる"ハジ"の脳が
勝手気ままに所構わずに再生(Play back)していく。その『リアル』な感じも
奇跡的な成功を随所に生んでいる。観客は主人公のハジと同じ視点となって、
あやふやな思い出、旧友の顔、エピソードを"思い出そうと"必死になる。

学校の庭
原付
制服
映画俳優になる夢
憧れの教師
交差点
結婚
出産
人生の現実という挫折
再会
東日本大震災、
善意では"成り立っていない"「この世界」、、、

 きっと、故意に観客を混乱させているのではなく、編集・脚本を兼ねている
監督が主人公と同じくストーリーを追うことではなく、別の手法、脳裏に残る
映像と人々の声、仕草から何かを探ろうとする意図がよく伝わってきて、
もどかしさも含めて感動がある。というか、もどかしさの重要性を伝えたかった
のだろう。

 観終わった後は、もどかしいから再会を避けていた旧友達と、もどかしい
からこそ会わなくてはいけないのかもしれないと思った。

 この作品には、暖かい血が流れている。

 作家性というものを精一杯、前にに出せた奇蹟の作品である。

 これからの邦画のスタンダードの一つであろう

 劇中において、本作の公開自体とその過程において、起きたであろう
幾つもの『奇跡』を、この若いの監督と関わった人々が、どこまで自覚して、
把握して、反芻(Play back)して、自分の物にしていくかで、今後の活躍の
方向性も度合いも決まるだろう。

 

慎重に、そして、大胆に。

映画の世界に足跡を刻んでいってほしいものだ。

 エンディングの大橋トリオの奏でる曲と琴線に触れる歌声と歌詞も半端ない。

 本作が生まれ、世に送り出されたことに惜しみない拍手を送ろう。

 「おめでとう。素敵な作品をありがとう。そして、頑張れ。

 

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