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2015年8月15日 (土)

映画「五人の斥侯兵」

「五人の斥侯兵」

原題名: 五人の斥侯兵
原作: 高重屋四郎(田坂具隆)
監督: 田坂具隆
脚色: 荒牧芳郎
撮影: 伊佐山三郎
録音: 平林龍雄

時間: 78分 (1時間18分)
製作年: 1938年/日本 日活多摩川

(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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一帯を占拠し、日の丸を立てる 小杉勇演じる岡田隊長率いる部隊レジメント。
200人の部隊が、いまや80人まで減っている。「ここが最前線である」 ことを
訓示して散会する部隊。。

 

 シーンの細部がまるで実際の戦場そのままの迫真性が総じて良い。休憩して、
煙草を存分にふかし、食事の準備をする兵隊達。

 兵隊にとって、何よりの心待ちは

 一に食事
 二に休憩だ。

握り寿司を食うことを空想したりして、食べ物の話しに余念が無い。

 作戦が終わると、責任者と共によし日誌をつけるぞと誘う隊長と、隊長を
強く慕う部下達。戦闘の状況と、帰らぬ人となった部下達の最期を日誌に細かに
口述筆記でつけていく隊長。 

 任務の遂行で遅れた仲間を「共に労う」。戦場では当たり前のシーン。
そうしないと『命を掛けること』はとても出来やしない。

 食事中も、就寝中も、部下に目を配る隊長。

 思いやりがあるとか、

 優しさとか、

 安易な表面的な演技ではなく、

 そういった人間でないと100人もの集団が組織的・有機的に動くのは
とても無理だ。まして、これは「戦争」なのだ。

 「斥侯」に向かう「五人のプラトーン(小隊)」。

 カメラワークが素晴らしい。河の中をゆっくりと細心の注意を払って進む5人。
カメラは中腰で警戒する5人とまったく同じ視点で、6人目の兵であるかのように
共に進む。

 観客は、この瞬間から完全にプラトーンの一員となる。

 トーチカに近づき、突然、戦闘が始まる。早くも一人が欠け、撃っては
走り、走っては撃つ。号令を出し合い、四人は二人になり、やがてバラバラ
になる。

 さらに突然の白兵戦。銃剣で敵を一瞬で突く。息もつかせぬとは
このことだ。

 血潮を噴出なぞさせなくても、凝りまくったトリック撮影なぞなくても
至高の映画的なシーンが続いていく。

 占拠地点に斥侯達はやがて命からがらバラバラになって何とか戻ってくるが
木内一等兵だけが帰還しないことが判る。他の兵達は仲間の帰還を大いに
労うが一人戻ってこないことを気にやむ。木内の鉄兜を一人が慰留品として
持ち帰っていた。

 夜が更ける。伝令が翌朝の総攻撃を伝えてくる。

 隊長は、木内を戦死と判断したことを兵達に伝える。

 

 誰かが歩いている。

 ヘトヘトになりながら。

 銃を杖のように突いて。

 暗い足元だけが画面に映り、何者なのか判然としない。

 木内か、いや木内は死んだはず。

 幽霊か?

 

 ずぶ濡れになって負傷した木内が奇蹟の生還を果たす。いつも以上に皆
気を使う。

 木内は、仲間への感謝と、生きて還ってこれた安堵から嗚咽して泣き出す。

 このシーンも素晴らしい。嗚咽する木内の姿から、いかに死の淵を覗き、
大陸で誰にも看取られずに孤独に死ぬ恐怖を味わったことか、兵達も観客達も
共に気持ちを共有する。

 そして、兵達は同じく死の恐怖を何度も味わってきたことと、故郷に帰れない
かもしれない。家族に会えないかもしれない哀しみに心を打ち砕かれて、皆、泣く。

 大掛かりな戦闘シーンやプロパーな胡散臭い台詞や、残酷なシーンなぞ
いれなくても、死の恐怖と国籍と時代を超えた戦争の「本当の意味での惨さ」を
表現した秀逸なシーンだ。

 兵達と木内はここにおいて「一心一体」となり、そして明日の総攻撃に
気持ちを集約するために万感の思いを込めて君が代を謳う。

 君が代は

 千代に八千代に

 さされ石の巌となりて、、 

 小杉勇演じる隊長達は部下達の歌声を聞き、同じく一体となる。

ナショナリズム発揚だ。
狂気だ。
洗脳だ。

と称して片付けるには「人間として間違っている」であろう。

人間の集団の行動原理の果ての描写がここにはある。

 夜が明けた。

 総攻撃への最期の訓示がある。岡田隊長は叫ぶ。

「お前たちの命を、俺にくれ。」

 物語の冒頭から終始、兵達の一員同然にすぐ傍で寄り沿い続けて

きたカメラはここに至り、岡田隊と「永遠の別れ」を告げる。

 カメラからあっけなく遠ざかっていく岡田隊。

 そこには、三途の川が見える。

 あちらとこちらを分かつ永遠の境界線。

 カメラがとり残されたこちらは、生ある者の世界だ。

  

 彼らは、家族を遺し、戦い、還ってこなかった。

 ほんの少し前の私達の先輩に起こった話だ。

 寿司も、ぜんざいも食えずに幼いわが子と愛する妻を遺して散っていった命。

 そんな事も、そんな事があったということすらも何も知らない我々。

 「表現する」べきこと。

 「表現する価値」のある表現。

 「観る」とは何だろうか。

 「描いてはいけないこと」とは何だろうか。

 「描かなければならないこと」とは何だろうか。

 実際に在った出来事を故意に忘却滅却させ、
  在りもしないことを捏造し、死者を貶めて恥じない行為。。

『冒涜』とは、一体何だろうか。


15.08.30.追記

 「小津安二郎と戦争」の著者である田中真澄は同書の中において、
本作を傑作と評価しつつも、当時の新聞に掲載された記事が元ネタ
であることから本来は際物的企画として出発した作品であることと、新聞
記事が元ネタとして製作された作品が極めて高いレベルの珠玉といっても
いい作品に昇華された大きな理由として、小津の出征を見送った田坂具隆の
本作に懸ける並々ならぬ意気込みと、出征先で本作を鑑賞した小津について
描写された新聞記事を紹介している。田坂具隆は、当時内田吐夢のライバル
と目されていた名匠であり、現在の日本でも再評価されてよいだろう。田坂は
小津とも同業者同士以上の互いの大切な友であったことが伺える。

 

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この映画の成り立ちには、小津安二郎の存在が触媒となっている。それもまた
最初は新聞記事によって周知されたので、順序としてそちらの紹介を先にしたい。
「読売新聞」一九三八(昭和十三)年九月三十日第一夕刊。小津が応召してほぼ
一年ののち。

---以下、同書掲載新聞記事より孫引き(blog管理人kuroneko)---

小津監督の壮行会が華々しく行われた翌日、小津監督の所属する原隊の門前で
日の丸の小旗が波と打ち振られる中に兵営深く消えて行く小津の後姿を見た田坂は
「自分も当然彼の後から行く筈だ、映画監督として、せめて一本、この気持ちを
軍事映画にうつしたい」
と心に誓つたのである、そしてその取材をたまたま本紙社会面の帰ってきた
樋口斥候兵の記事にとり、ここに一片のストウリイを構成したのであった、
不朽の名作「五人の斥候兵」の製作は監督、俳優、裏方などの渾然たる
精神的統一と、烈々たる芸術的気魄とによって成果を挙げたのだが、この影には
田坂の心中に、小津の出征姿が絶えず火の如く刻みこまれていたのだった、
この「五人の斥候兵」が廻り廻って小津のいる中支○○の町に上映されたのである、
小津は
「・・・久々の映画で愉しかつた、兵隊の大方は泣かされていた、事件を切実に
身近に感じるからだ、僕も○○にいた二ヶ月あまりの間に思出した、近々漢口に
行く、元気は大変にいい」
と田坂に書き送った。

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(「小津安二郎と戦争」 田中真澄著 みすず書房より) 

 

 同書には、戦後「戦争」について決して撮ろうとも、描こうとももしなかった小津が
自身が体験した白兵戦について語ったり、戦争映画についての構想を語るなど、
現在広く伝えられている小津安二郎像とは一風異なる姿が描写されていて大変興味深い。
一読の価値はあるだろう。

 

『平和』とは、『知ること』ではなかろうか。何も知らない、 知ろうともしない、
知らせようともしない、平気で嘘を流す姿は今日まで鉄砲玉が飛んでこなくとも、明日の戦争の
責任の一翼を担ってしまってはいないだろうか。

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