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2015年12月30日 (水)

過ぎ去った人々 2015

 

今年も誰もが知っている所謂ビッグネームな方々の訃報があった。

○ 原 節子(はら せつこ)(1920.06-2015.9)

・逝去の報道後は表舞台に決して出なかった後半生に称賛が多く寄せられた。
原節子のデビュー間もない容姿を見ると、日本男子の指向というものは
基本的にここ半世紀以上微動だにしていないことが判る。女優「原節子」から
見えた世界はどんな世界だったのか、世の男どもは彼女からは一体
どのように見えたのか知りたっかった気もする。
 

○ 水木 しげる(みずき しげる)(1922.03-2015.11)

・「総員玉砕せよ」、[劇画ヒットラー」、「星をつかみそこねる男」、「コミック昭和史」、、
一時期の自分にとって 水木 しげるの作品が、すなわち自分の読む
漫画の"全て"だった。情報や気分や空気が"先"にあることがほとんである世の
エンタメ的生産物の中で水木しげるの漫画、諸発言には『自分(一個人)』という
ものが先にある確固たる信頼感のようなものがあった。
これからも、人々を惹きつけ、新たなファンを生んでいくことだろう。
時代がキナ臭くなった時、胡散臭い人間に多くの人々が騙されそうになった時、
氏の人生の足跡、作品は「時代」を補正する大きな役割を担っていくことだろう。
  

○ 安藤 昇(あんどう のぼる) (1926.5-2015.12)

・亡くなっていたことを、本日(12/30)知った。
数奇な運命で映画スターとなり、数多の人々を魅了した人生だった。
氏もまた、もしも映画界に参戦していなかったら、邦画の世界は幾分、違った
光景になっていただろう。任侠映画はもっと底の浅いものになっていたかもしれない。
高倉健や菅原文太はもう少し違った人格として庶民の記憶に残ったかもしれない。
「男の顔は履歴書」(1966)で魅せた『男の顔』はこれからも自分にとっての行動の
指針の一つとなるだろう。
 

○ 野坂 昭如(のさか あきゆき)(1930.10-2015.12)

・自分の人生は氏の足跡と大きくリンクすることはなかったが、もしも、
「火垂るの墓」(1967)という作品がアニメ(1988)にならなかったら
それ以降の日本社会の風景は少し異なっていたかもしれない。
より軽薄で、よりひどい嘘や流言がはびこっていたかもしれない。
"真の弱者","真の戦争の犠牲者"をアニメーションで描いてみせたことは
今後も社会の碇の一つとなって、原作者である氏の名前も幾度となく
浮上していくことだろう。

  

 彼らはこの国で生き、その"生き様"を我々に提示して、楽しませ、
考えさせてくれた。

 我々もまた、自分の"生き様"を誰かに提示して生きていく。
たとえ、無人島で生きていこうと、誰とも会わずに生きていこうとも
独りで生きているわけでは、決してないのだから。

 お疲れ様でした。

 合掌。 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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