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2016年1月16日 (土)

映画「縛り首の縄」

「縛り首の縄」

原題名: PETLA
監督: ヴォイチェフ・イエジー・ハス
脚本: マレク・ファスコ
撮影: ミエスチワフ・ヤホダ
音楽: タデウシュ・バールド
出演: グスタフ・ホロベック

時間: 96分 (1時間36分)
製作年: 1957年/ポーランド

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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男は、アルコール中毒に苦しんでいた。懇意にしている女性は、
夕刻に一緒に施設に行こうと告げ仕事に出る。男は同意はするが、
室内にいることに耐えられなくなり外出してしまう。。

 

 "アル中"の表面と内面の両方について症状をほぼ忠実に描いている
点において極北ではなかろうかと思える作品。美人で、自分にひたすら
献身的に接してくれる女性が居ても、"酒"に侵されている(侵されていく)側
としては関係ない。酒を飲まずには自意識を安定させておくことがとても
出来ずに街をひたすら漂い、出会う人々全てに悪態をつけて人間関係を
破綻させていく。

 主人公は酒に溺れさえしなければ、恐らく実直な男であり、異性からの
評価もすこぶる良く、仲間も居た。彼がなぜ酒びたりになったのか、劇中では
理由は明らかにされない。ただひたすらにカメラは主人公の歩く軌跡を追って
いき、男の部屋、窓から覗く巨大な女性の顔の絵、雨に濡れた寂れた街、
酒場、路地、細部を鮮やかに浮かび上がらせていく。それこそが監督ハスの
やりたかったことなのだろう。

 男は、周囲にひたすら迷惑をかけ続けながら、喧嘩をし、酒を飲み、
彷徨い、自分と闘い続け敗れ続けていく。"敗北の女神"は男を人生の
終焉に着実に歩を進めさせていく。

 独りの男の内面が自己崩壊していく様をただひたすらに愚直に、いや
実直に描いた作品として、舞台を観ているようでもあり、極めて実験的
でもある。ハスの狙い通り、実にエキサイティングで且つスリリングである。
物語がスリリングである以上に、「堕ちていく男」を演じる主人公、それを
追うカメラと舞台、装置、全てがスリリングなのだ。

 「酒と人間」をテーマとした作品では「失われた週末」(1945)があるが、
両作品とも真っ向からテーマに向かい合い、起こりえる悲劇喜劇を
フィルムに捉えていくが作品としての意図や対象を見ている角度と
その理由、向かうべき出口の相違を考えてみるとなかなか面白い。

   

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