観_16_03_21
都内某所で映画を観る。
年初来からの心身に溜まった疲労がようやくにして取れてきた感じ。
鑑賞は夜であるが、早めに都心に出てアクセクしないように心がける。
劇場で整理券をゲットしてから離れた別の駅で降りて、遅い昼飯を食べてみたり、
久しぶりに新刊本を買ってみたり、物凄く久しぶりに食玩を買ってみたり。
駅のホームで電車を待っていると欧米系と思われる外国人の男性が
近づいて来た。
「Can you speak English at little?」 (^o^)/
わざわざ「少しは出来るかい?」を入れてくれるので
「Well,yes.At little.」 (^-^;)
ほんのちょっとをジェスチャーする。
男性はスマフォの画面を見せて、某駅まで行きたいと指で指して言う。
自分も待っている次の電車に乗って乗り換えれば行ける旨を単語を繋いで
たどたどしく伝える。
「ドモ、アリガト」 (^^) 男性は日本語で答えた。
何となく距離を置いて一緒に電車に乗ると男性は掲示板で行先を
確認していた。
漢字が読めなさそうな雰囲気なので、男性に近づいて行き、目的の場所と
乗り換えの場所、自分達が今移動している地点を、掲示板を指さしながら、
やはりたどたどしい怪しげなJapinglishで伝えた。
男性は笑顔でもう一度お礼を言ってくれた。自分は次の駅で降りてしまうので
逆に男性と会話を続けても良かったのだが、気の利いた質問や応答なぞ
何もできやしないので距離を置いて窓の外を見ていた。
電車を降りる時、自分は小さい声で「Bye.」と告げると相手は笑顔でおじぎを
返してくれた。
とても気恥ずかしい思い。だが、最低限の義務は果たしたような気にはなった。
鑑賞した作品は、ある人権蹂躙に関するドキュメンタリー。
カメラの映像が何だかフラットでテカっている感じが「これからはこういう映像が
当たり前になるのか。。」と何だか気が滅入る。お手軽に誰でも高画質には撮れるが、
それが観客の満足度や感動に結びつくかというとそんなこともないのだと実感。
日本という国のシステムはそんなに破綻しているわけでもないのだろうが、
かといって上手くいっているかといえば決してそうではない。その潮流の狭間で
もがく人間達の生き様に軽く感動。そして明日の日本を自分なりに憂う。
外に出て、まだ夜は冬並みの寒さになることを迂闊にも考えずに薄手の
ジャンパーで出て来てしまったことを後悔しながら帰途に着く。
買ってきた食玩の"恐竜"をテーブルに置いてみると350円で買った割りには
満足感は大きい。しばらくの間、テーブルの隅を占有することだろう。
明日から、また、自分には、自分の闘いが待っている。週末まで
やり過ごしてまた何かしらの作品を観に行くだろう。
そして、週が明ければ、また闘う。何度でも。。
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