澤昭裕遺構を読んでみる。
月刊誌 「Wedge」3月号
澤昭裕
「戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う」
エネルギー政策論の第一人者が病床から綴った最後の原子力論
同記事の紹介文によれば、澤氏は亡くなる二日前まで完成に執念を燃やされて
いたとのこと。
一日本人として、一国民として、一有権者として、重要と思われる点を
箇条書きに抜き出してみることは 決して無意味ではないだろう。亡くなられた
澤氏も一人でも多くの人々が原子力というものの在り方とこれまでの諸問題点に
ついて、今後の運用について考え、賢明な判断と、行動をしていってくれることを
願っておられるのではないだろうか。
以下、重要と思われる主張・指摘について書き出してみた。
(太字扱いは管理人が重要と感じる点。また、"[]"内は管理人による補足的追記。)
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・「原子力を殺すのは、原子力ムラ自身である」。
・「事故を機に生まれ変わろう」との気運は、(原子力ムラには)感じられない。
・「日本の原子力事業」という大木は自身達の手でボロボロになっている。
病巣を全て掻き出し、若い世代が新たな内実を育てていく余地を残すべきでは
ないか。
・[原子力政策関係者は]役割を限定されていく現実を受け入れ、国民に
貢献し続ける将来像を考えるべき。
・筆者[澤昭裕]は、「将来のリスクに備えた安全装置」として、今後も原子力という
オプションは我が国として保持し続けるべきだと考える。
・原子力には第一級の技術人材が集まってきたはずだ。
・関係者の「当事者意識」は希薄だ。「過去、そして将来の『意思決定の最終責任』は、
自分が負うものではない」と誰しもが思っている。
・[このままでは]原子力というオプションは失われ、将来の安定供給のリスクに
対する備えは脆弱となる。万が一の場合に、その「結果責任」を負うのは、国民だ。
・[原子力政策は]事故前から「空洞化」は進んでいた。今や完全に「骨粗鬆症」だ。
・原子力に対する世論や政治のサポートは失われていった。
・基礎研究からバックエンドまで俯瞰する全体司令塔もなくなった。原子力の全体像・
将来像は非常に見通しづらくなっている、
・今後、電力各社は、原子力の維持や投資判断の適否を厳しく問われよう。その際、
もはや「政策意図の尊重」や「国の制度的下支え」は判断正当化の理由になってくれない。
・福島事故によって「原子力アレルギー」を最も強くしたのは、実はリスク評価や負担の
経験に乏しい電力会社の経営層かもしれない。
・自由化を進める一方で、なお原子力投資の確保が必要と考えるならば、まずは
国が原発の必要性と安全の確保について国民に直接説明責任を果たし、導入目標を
明確化すべきだ。
・筆者[澤昭裕]は、電力安定供給の「主軸」というよりも「他電源でトラブルが生じた
際のラストリゾート、リスクバッファー」として、当面は原子力の維持が欠かせないと
考えている。
・再生可能エネルギーは、コスト面や稼働率で現実的代替案となる目途が未だ
立たない。
・原子力の保有や稼働は、電力各社のLNG(液化天然ガス)購入交渉における
重要なカギとなっている。「原子力という代替オプションがなければ、足元を
見られる」のだ。
・地理的リスク分散における原子力の役割も重要だ。事故当時、東京電力柏崎原発は
中越沖地震の影響で稼働が進んでおらず、東電の電源が「太平洋沿岸頼み」となって
しまっていた。
・原子力発電所は、石炭・石油・LNGと違い、工場や湾岸設備の近傍に限定されない
利点があり、国全体に広汎に分散している。その分布と、出力の大きさは、広域災害に
対する重要なリスクバッファーとなるだろう。
・我が国の原子力産業の裾野は広い。世界中の顧客が品質・工期への信頼を寄せて
おり、国内の雇用だけでなく、他産業にも拡張する技術人材の集積を生んできた。
・我が国ならではの技術人材の厚みを維持していくには、海外市場の開拓も
さることながら、国内での原子力投資の確保、つまり国内の原子力市場の維持が
欠かせない。
・今後も原子力を活用するならば、むしろ旧式の早急なスクラップと「最新の安全
設計を織り込んだ新型炉へのリプレース」をこそ進めるべきなのだ。
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↑↑↑以上。ここまで
"バッファー"とは「衝撃を吸収して和らげる緩衝器の意味」であるそうなので
何度か言及されている「リスクバッファー」の意味は文字通りの造語だ。
・原子力の保有や稼働は、電力各社のLNG(液化天然ガス)購入交渉における
重要なカギとなっている。「原子力という代替オプションがなければ、足元を
見られる」のだ。
システムや組織の内部に精通している人間でなければ、指摘できない重い言葉である。
人間は残念ながら、何者かも判らず、何も有していない事が明確である人間に
公平な取引などは基本的には、と言うか絶対にしない。
公平な取引など期待できない点を抑えながら、慎重にタフな交渉に臨み、成果を出す
のが「責任ある人間」の基本的な態度と、絶対的に身に着けているべきスキルであり、
身に着けるように日々切磋琢磨べきスキルである。ここ数年の日本の野党に顕著な
壊滅的な主張の危うさ、弱さ、支持の低下、その結果としての体制側の驕りと
怠慢、日本の政治の脆弱さの助長にも通じているように思われてならない。
○関連サイト
澤昭裕Blog
[http://ieei.or.jp/category/sawa-akihiro-blog/]
澤昭裕ツイッター
[https://twitter.com/sawaakihiro?lang=ja]
澤昭裕・最期の1週間
がんと向き合い綴った原子力論
2016年02月19日(Fri) WEDGE編集部 大江紀洋
[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6177]
戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う
エネルギー政策論の第一人者が病床から綴った最後の原子力論 全文
[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6464]
[澤 昭裕]
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澤 昭裕(さわ あきひろ、1957年 - 2016年1月16日[1])は、日本の元行政官、
研究組織マネージャー、政策分析研究者。
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大阪府出身。大阪府立天王寺高等学校を経て、1981年3月一橋大学経済学部卒業後、
通商産業省入省。通商産業省で通商白書執筆部署(昭和63年版通商白書執筆)、
広報課、情報政策関係各課を経て、商工労働部次長として宮城県庁に出向。
その後工業技術院人事課長、経済産業研究所研究調整ディレクター、経済産業省産業
技術環境局環境政策課長、経済産業省資源エネルギー庁資源燃料部政策課長を歴任。
2004年から2008年まで東京大学先端科学技術研究センター教授。経済産業省を退職。
2007年から21世紀政策研究所研究主幹。2007年産業環境管理協会環境管理優秀
論文賞、
著書『エコ亡国論』が2010年度エネルギーフォーラム優秀賞、「精神論ぬきの電力入門」
が2012年度エネルギーフォーラム優秀賞及び不動産協会賞を受賞。
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(ウィキペディアより)
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