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2016年6月14日 (火)

映画「海よりもまだ深く」

「海よりもまだ深く」

原案: 是枝裕和
監督: 是枝裕和
脚本: 是枝裕和
撮影: 山崎裕
音楽: ハナレグミ
美術: 三ツ松けいこ
編集: 是枝裕和
衣裳: 黒澤和子
キャスティング: 田端利江
音響効果: 岡瀬晶彦
スクリプター: 矢野千鳥
ヘアメイク: 酒井夢月
照明: 尾下栄治
装飾: 松葉明子
録音: 弦巻裕
出演:阿部寛,真木よう子,樹木希林,小林聡美,池松壮亮,リリー・フランキー,橋爪功

時間: 117分 (1時間57分)
製作年: 2016年/日本 ギャガ

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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五十にも手が届こうという中年の篠田良多(阿部寛)は作家稼業だけではとても食えず
"人間観察"と称して雇われている探偵稼業を合わせても困窮し、別れた妻子への
扶養手当も滞っていた。母の淑子(樹木希林)は、夫を亡くしてアパートで気丈に暮らし
続けている。姉の千奈津(小林聡美)は、母と自分に経済的に頼ろうとする篠田に
辛辣だ。篠田は職場の同僚の町田(池松壮亮)を連れ出し、元妻の響子(真木よう子)と
息子の動向を探る。。
 
 
 是枝裕和の名を一躍世に知らしめた傑作「誰も知らない」(2004年)では、母に捨てら
れた子供たちの絶望と孤独と閉塞感とを加速させる『アパート』は、最重要な鍵である
という点において本作と同様である。ただし、今回は、家族の絆の修復と、再確認の
場を提供するツールとして寧ろ肯定的に描かれている。是枝のキャリアと、年齢的な
タイミングを考えると順当とも言えるのであろうか。

 是枝が実人生において人間形成に決定的な役割を果たしたであろう前半生の多くの
時間をアパートで暮らしていて、今回はズバリその"故郷"を舞台にして実際に撮影も
行われたということで納得のリアリティと出来であり出世作との繋がりも理解できた。

 是枝は、「誰も知らない」や本作の登場人物達と同様に、アパートの構内や周囲で
様々な人間模様を日々垣間見て、それらを眺めている『自分という存在』への疑問、
アパートに住む者とそうでない者、その空間の不思議な魅力について思いを巡らして
やがて映画を撮るという仕事に向かって歩んできたのかもしれない。

 主人公の篠田の働く探偵事務所での同僚である町田を演じる池松壮亮がとても良い。
肩の力の抜け具合、演技上で表現できている果たすべき役割。実はそれほど多くない
出番の中できちんと表現されている"町田健斗"という人間像。素質も力も申し分なく、
これからの活躍に期待大。「新選組!! 土方歳三 最期の一日」(2006年)で市村鉄之助を
気丈に演じていた少年がもうこんな立派な大人になったのだなあ。。

 阿部寛演じる篠田は、幼少期より国語は出来たということを拠り所にして処女作の
出版までは何とか漕ぎつけたようだが、その他の多くの点については破綻している。
世を渡っていける経済的なスキルを身につけていないだけでなく、処世術も元々低い
上に磨いてこなかったという痛いキャラクターでもある。阿部寛の醸し出す"人間としての
温かみ"が無ければとても見ていられない。

 当然の結果として、元妻の響子にはいつもケンモホロロである。

 そして、響子の苛立ちと過去に味わった苦痛により蓄積したと思われる怒りと篠田の
キャラクターと言動は、「きちんと」表裏を成している。「きちんと」していることが映画
としてはとても大事。これが出来ていないとどちらの行動も、展開していく物語も観客に
とっては苦痛でしかない。その結果、意味不明な過剰な演出や資金に頼っただけの
表面上の仕掛けを出さざるを得なくなり、作品は負のスパイラルに陥っていく。

 巨匠の域にコマを進めつつある是枝はこのスパイラルに陥ることなく、さらに次の
大きな落とし穴である「安易な絆の修復」もきちんと避けている。ここから、観客は、
夫、元妻、母、姉、息子、夫の周囲の人間達に感情移入するか、あるいは拒絶するか、
いずれにせよ物語を楽しみつつ自分の頭の中でシミュレーションする余裕も生まれてくる。

 篠田は、"気がいい"以上の美徳を余り持ち合わせていない。発言はKYなものが多く
登場人物のほぼ全員からダメ出しを受ける始末。作家になる力は寧ろ、辛い過去を
持っていることを臭わせながら休日も篠田に快く付き合い、且つ落ち込む篠田を励ます
町田の方であり。或いは、これからも篠田に人生をかき回され続ける予感を漂わせる
元妻の響子の方かもしれないくらいだ。

 篠田が響子や母や姉に向かっていくことの理由の一つには人間としての弱さがあり、
甘くみれば、それは"愛嬌"と呼んでもいいものなのかもしれない。しかし、良くも悪くも
現代社会においては弱さを"愛嬌"と甘口採点をしてくれるのは身内でもそう居るもの
ではない。響子の持続し続ける怒りと不機嫌は、その辺にあるように思われ、、篠田が
その事に気づく気配がないKYさが"融けない不信感"に繋がるのだろう。

 一方で、響子が篠田達にこれからも付き合っていくであろう根源には、響子の持ち前
の強さと、人間としての『とても大事な何か』なのであって、篠田家が彼女に最大限の
敬意を払い続けるべきなのだろう。

 母の淑子は、篠田の欠点を十二分に知っていたはずであり、ある程度の未来の
予想も出来たはずだ。しかし、淑子を演じる樹木希林は、培ってきた演技と人生の
年輪の蓄積から、彼女に問い詰めることは出来ない、してはいけない魅力溢れる、
時には韜晦してある意味ではずるい淑子という人間を作り出していて、計り知れない
効果を作品にもたらしている。助演女優賞は間違いないところだ。

 両親と周囲からそれなりの愛情を得て育ち、大人になってからも、元妻には母と
妻と恋人、同僚の町田にも母の役割の一端を担わせリリー・フランキー演じる探偵
事務所の所長、山辺には父の役割を、息子(吉澤太陽)の真悟にはそれら大人の
身勝手な事情による重荷と代償の結果としての息子像を演じさせてしまう"篠田"
という男の人物像は、少々「謎」でもある。

 彼がこれからも作家であるというのであれば、その立ち位置から見えてくるもの、
見えてこなくてはならないものがきっとある。

 本作の価値は、そんな篠田の、この先の人生を"リアル"と"絶望"と"希望"を絡め
て見せてくれることであり、希望の方向に持っていくには、篠田自身の「相当に非常な
大いなる努力」が必要であるという、

"かなりハードルの高いリアル"

を提示してみせてくれることにある。

 映画は監督や脚本家の妄想を演者という生の人間に託して演じさせて、画を一つ一つ
撮り上げて、音を付け、多くの人に観てもらい楽しむものである。

 『映画』が持つ当たり前の力と魅力を作品として見せてくれることを保証してくれる
監督は実はなかなかいない。

 是枝監督には、これからも『映画』を撮り続けてほしいものだ。

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