ある一言
「ひとりひとりの戦場 最後の零戦パイロット」(2015)というドキュメンタリー映画の
中で、元零戦のパイロットだった原田要さんは、戦争の事、国の事、零戦の事などを
ひとしき語り終えた後、以下の主旨の発言をして沈黙した。
「結局、"武士"という階級がこの国を滅ぼしたのだと思う。」
これまでの太平洋戦争という激動の時代に関する映画・文献において余り目に
しなかった方向性の発言だったので強く印象に残っている。
"サムライ"または、"侍"という言葉は現代の日本では氾濫していると言っても
いいくらいでほぼ毎日のように見かける。
だが、当たり前ではあるが、
現在の日本においては「武士」という階級や立場・地位は存在しない。
そして、「軍人」というものも事実上、存在しない。
農業・工業・商業に従事し、その事に生涯を全うすることに誇りに思い、
昔ながらの徒弟制度同然に"技"を伝承することを実践している人々はこの国に
実に多くいるだろう。これからも続くことだろう。
そういう意味では、農民(農)、職人(工)、商人(商)、というものはこの国では遥か
古来より人も生業も「確かに存在して」いてこれからもきっと存在するだろうと言える。
しかし、武士や軍人(士)というものは、社会制度的に、日常の人間の集団として
最早存在しない。これからも生まれるとは到底思われにくい。
実社会の中で存在する、存在すると広く利益になる意義と理由を見出せない
からだろう。その事が価値観・道徳観として良いか悪いかは置いておくとして。
国防というものは今後も必要であり、その従事者は他の職業と同様に尊重される
べき(今は蔑ろにされているというのは余談)であるがそれとは意味合いが異なる。
70年前の日本を誤ったものは「軍政」であった。軍事に専念すべき者たちが
政治・経済・外交の上に立ち、それらの決定権の最終位置に居座ってしまい、
国政のバランスは著しく崩れ、結局、"本業"である戦争そのものも局地的な
展開はともかくとして、総力戦としては酷い負け方となった。
また、日本の戦前の軍隊は海軍と陸軍に分かれ、それぞれが別の国家の如くと
言ってもいいほどに相交われないものであったことは当事者達の膨大な証言や
数々の事象から明らかである。その大きな深い亀裂の凄まじさには当時のアメリカを
始めとする連合国側も驚き、呆れ、研究するほどであったという事実は想像に難く無い。
軍というものが海と陸に分かれてそれぞれ幅を利かせて国を過つほどになった
源流を遡っていけば、明治維新前後にまで辿り着き、薩長閥等のキーワードが
出てきて、それ依然の武士による統治社会というものに行きつく。
明治維新が成功した(その後の国家としてのシステムが機能したという意味での
成功)のは、恐らく、「幕府」「幕藩体制」というシステムが国際社会の中で機能して
いけないと理解した武士達が、自分達自身で自分達の階級を消滅させたという
"英断"と聡明さにあって、その後の衰退の大きな理由の一つは、日清・日露戦争の
勝利に奢り、いつしか政治に介入することを躊躇しなくなった軍というものと、その
中で脈々と生き残った武士による統治の血による"逆コース"と言ってもいいかもしれ
ないロジカルで柔軟な対応が出来なくなったことによる結果ではないだろうか。
最終的に激しく行き詰ってしまった軍政国家日本を台頭させたのは明治憲法も
含めた国家システムに欠陥があったからなのかもしれない。それは、翻って、今の
日本という国家システムもまた決して完全ではなく欠陥も改修の余地もあるという
ことにもなる。
華々しい戦果もあったであろう、職業としての愛着や誇りもあったであろう
原田要さんの深い感嘆の言葉には、大局的視点の欠如への憤りと諦めを感じた。
武士は軍人の中に良くも悪くも色濃く生き残り、やがて、その負の側面は自分達
自身を"再び"否定しなくてはいけないほどに全体を侵食してしまった。
そのスキームと極めて同じような現象が、現在の日本の政治に起こっている
とは言えないだろうか。
政策の仕組みと意図、予想される結果を繰り返しを語ることも、説明することもなく、
具体的な対案・修正案を提示して、与野党を問わず、実行するための準備と国民への
説明をほぼ放棄していながら、さらに感情的・煽情的な文言を大声で並べたて、論点の
すり替えを恐らく確信犯的に行い、国政をあらぬ方向に変えてしまいかねない実権
を、明日にも握ってしまうかもしれない危機。
選挙という正当な仕組みの中で。
明治憲法も、現行の憲法も、それより以前の、政治体制も、優れた点もあり、
間違っている点もある。
70年前の崩壊は国家システムのどこかにバグがあったからで、戦後社会の行き
詰りと2009年の政権交代の"失敗"、国民の7割り以上にも達するであろう
支持政党も尊敬できる政治家も無しという現実に現在の国家システムも
またバグが無いとは言えない。
しかし、そのバグとは、ただ口汚く特定の個人または集団を罵り、貶めて、嘘をついて
権力を移行させようとしている人々の言う方向は寧ろ真逆ではないかと思う。
方向性がどこにあるのか、思索すること、間違っていれば調整して、引き返す
だけのこと。そういった事をことごとく妨害すること、情報を過つこと、それらを組織的
に断続的に続けることこそが危機の本質があり、それは70年前、100年前よりも
寧ろ悪質に行われてはいないだろうか。
システムは論じられ、批判され、比較・分析され、修正されていかなくては
ならない。必要であれば生み出していかなくてはならない。不要・有害であれば
除去していかなくてはならない。
そして、その言葉には『戦争だった』の一言では片付かない、片づけてはいけない
別の側面の大きな問題提起が含まれているように思う。
私達は、過去と、未来と、いつも密接に繋がっている。過去の失敗に鑑み、
未来の人々に次の世代、さらにその次の世代に現在までの果実をできればさらに
積み上げて、継承しなくてはならない。
少なくとも、その努力をしなくてはならない。
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コメント
まーなんつーか
江戸時代の武士はもうすでに武士じゃないと思うんですよ
すでに公務員
それゆえ
「結局、"武士"という階級がこの国を滅ぼしたのだと思う。」
ってのもちょっと違う気がしますねー
陸軍と海軍の
公務員の縦割り行政
と
公務員の責任取らない体質
が原因かと
結局、なんだかんだ失敗はエリートの軍官僚、背広組ですからねー
官僚を武士とはちょっと言いたくない
投稿: 万物創造房店主 | 2016年7月31日 (日) 22時16分
>江戸時代の武士はもうすでに武士じゃないと思うんですよ
すでに公務員
「武士」って主に二つの側面があると思うのですよね。
1) 忠義に尽くす。主従関係を最優先する。
2) 文字通り"もののふ"である。武に生きる者 戦国時代までの武士
現代で語られている"武士"というのはどちらかというと
主に1)の方である気がしますね。
その1)を完成形に高めたのが徳川幕府の360年間だったかと。
そういう意味では武士とは公務員でありサラリーマンでもあると。
>「結局、"武士"という階級がこの国を滅ぼしたのだと思う。」
これは原田要さんの正確な台詞ではないので注意なのですが
自分は武士という言葉よりも"階級"という方にウェイトが大きい
ところが卓見だと思います。
>公務員の縦割り行政
と
公務員の責任取らない体質
"縦割り行政"というか
"縦割り"そのものですね。
明治維新後の日本軍の構造的な欠陥といえると思います。
薩長的な区分けがどこまで影響したのかはこれから
チマチマ調べていこうかと思いますが。
"責任取らない体質"
は
自分は公務員的なものよりも別の匂いを
感じますね。
まー根っこは『保身』で同じっちゃー同じ
ですが結果的な被害の大きさが違う。
>官僚を武士とはちょっと言いたくない
1)を進化させていけば官僚も出来上がってくる。
そして、歴史に名を残した官僚というのは
1)の頂上に立ちつつも
2)の気概を失わなかった者かと思います。
明治維新を成し遂げた人々
歴史の危機に名を成した人々は
結局
1),2)を両方持ち合わせていたのではないかと。
だから極めて優れた超一流の官僚は
武士(サムライ)と呼んでいいと自分は思います。
公務員もサラリーマンも官僚も
合理的精神を持ち
和を尊び
巨悪を憎み、本当の理の為には保身を捨て立ち上がる
そんなんを目指して欲しいすね。
原田要さんは
形骸化した階級的集団の保身から来る不合理な決定と
そこからの敗戦、亡国を憂いたのではないかと思います。
投稿: kuroneko | 2016年7月31日 (日) 23時26分
>その1)を完成形に高めたのが徳川幕府の360年間
うーむ
自分の所属する団体優先は
主従関係とはまた違う気がします
ポイントは
根底に自己保身があるかないか
主人のために死ねるかどうか
あたりで
忠義のない時代に天晴れと注目された
忠臣蔵でさえも
傍目には主人のための忠義に見えますが
実際はそれだけではなかったようですし
江戸時代後半には逆に
どんどん主人のために何かってのはなくなっていった気がしますね
身分制度もどんどん崩壊していって
エタ層がめちゃめちゃ金持ちで
大名に金貸してたり
賄賂が横行したり
金がものを言う時代になってますし
主従関係がゆるくなったから
薩摩や長州が下克上するわけですからねー
投稿: 万物創造房店主 | 2016年8月 2日 (火) 22時40分
>忠臣蔵でさえも
傍目には主人のための忠義に見えますが
実際はそれだけではなかったようですし
ちなみに他にはどんな要因があったのでしょう?
(´・ω・`)
>江戸時代後半には逆に
どんどん主人のために何かってのはなくなって
いった気がしますね
まあ、これはそうですね。
勝海舟あたりが「忠」の馬鹿馬鹿しさ・形骸化を
坂本龍馬をはじめとする若者達に説いていたかも
しれませんね。
>主従関係がゆるくなったから
薩摩や長州が下克上するわけですからねー
薩摩・長州の討幕は
下剋上ではなくて
関ケ原のやり直しということの方が大きいと思います。
徳川何するものぞ
と360年以上思い続けて
倒したと。
だから、
今でも
薩摩・長州の系列の時代なんですね。
きっと(^^;)
朝廷の北朝・南朝問題みたいに
割と根が深いし日本人論みたいになっていきますね。
前にもこんな話しましたっけね。
投稿: kuroneko | 2016年8月 3日 (水) 00時38分
>ちなみに他にはどんな要因があったのでしょう?
(´・ω・`)
コレとか
http://news.mynavi.jp/news/2015/12/09/192/
吉良つぶしに徳川が仕組んだ可能性も排除できませんし
まー一番のポイントは
殿中で刀振り回す殿様もかなりのDQNなんで
殿様だけ腹切って終わりなら
誰も文句は言わなかったろうってことです
会社が潰されてみんな無職になったから怒った
それをあえてしたのかどうか…
>関ケ原のやり直しということの方が大きいと思います。
これはちょっと過大評価な気がしますね
豊臣の恨みをそこまで引きずるかなぁ…
たまたま幕府の力が弱まって
遠い国に目が届かなくなっていた
という
どちらかというと地政学的要因が大きい気がします
>徳川何するものぞと360年以上思い続けて倒したと。
というよりは
徳川腐っちゃったから
このまま日本まかせといたらヤバイってのと
腐ってるから倒せちゃうよって感じだと思います
>薩摩・長州の系列の時代なんですね。
きっと(^^;)
のちに薩摩は追い出されちゃうんで結局は長州オンリーですけどね
そういや
京都は谷垣さんが自転車から落ちてたぶん半身不随なんで
権力側から外れちゃいましたね…(ーー;)残念
投稿: 万物創造房店主 | 2016年8月 5日 (金) 23時03分
>吉良つぶしに徳川が仕組んだ可能性
徳川というより権力者は
「自分以外全てを常に潰したい」
と思うのが当然で不祥事を起こした
吉良側も
浅野側も
潰れて欲しかったでしょね。
今の日本社会に通じますなー(ーー;)
>それをあえてしたのかどうか…
まあ
「忠臣蔵」は物語ですから
実際の事件とはまた違うでしょうね。
>豊臣の恨みをそこまで引きずるかなぁ…
「豊臣の恨み」なんて当時からほぼ誰も持って
ないんじゃないですかね。ごく少数でしょ。
皆、それぞれの事情と縁故で西軍、東軍に
分かれて戦っただけ。
各藩はそれぞれ各々が天下を伺っていたわけだし
徳川家康
って相当に強かで嫌な奴だったらしいし(^^;)
まーそうじゃなきゃ
「自分の家」を長として300年間以上も
統治できなかったわけですし。
>このまま日本まかせといたらヤバイ
それはそうですね。
徳川幕府が300年も続いたのが不思議だった。
これからも検証されていくでしょう。
>結局は長州オンリーですけどね
まあ、どっちも消えて
「日本」になっていくわけですね。
鹿児島に行きたいなー
ゆっくり。
>権力側から外れちゃいましたね…(ーー;)残念
京都も試練の時かもしれないですね。
能力と良識と叡智を兼ね揃えている奴が
権力を正しく行使すればどってことないですね。
(^-^)
投稿: kuroneko | 2016年8月 6日 (土) 01時14分
まぁでも
薩摩も下野してからが面白いですね
そっから
自由民権運動とか玄洋社とかに流れて行きますから
長州が上からなら
逆に下からかなり世の中を変えたと思います
投稿: 万物創造房店主 | 2016年8月 9日 (火) 23時34分
>薩摩も下野してからが面白いですね
そうですね。
現地調査しに行きたいす。
数ヶ月間くらい。。(ーー;)
↑それは世間では「現実逃避」といいます。
>逆に下からかなり世の中を変えたと思います
変えた功績なら
旧幕臣・佐幕側の人々の方が寧ろ大きいかとも
思います。
今こそ、全般的に包括的な再検証するべき時ですね。
平成も終わりそうだし。。
投稿: kuroneko | 2016年8月11日 (木) 01時35分