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2016年9月 3日 (土)

news「松山善三死去」

  
 

松山善三さん死去=映画監督・脚本家、91歳
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「名もなく貧しく美しく」「典子は、今」など社会派の作品で知られる映画監督で
脚本家の松山善三(まつやま・ぜんぞう)さんが8月27日午後8時41分、老衰のため
東京都内の自宅で死去した。

 91歳だった。神戸市出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は養女の明美
(あけみ)さん。

 1948年に松竹入りして木下恵介監督に師事し、「荒城の月」で脚本家デビュー。
55年に女優の高峰秀子さんと結婚。61年、聴覚障害者の夫婦の暮らしを描いた
高峰さん主演の「名もなく貧しく美しく」で初監督を務めた。

 サリドマイド症の被害者本人が出演した81年のセミドキュメンタリー映画
「典子は、今」は、障害者の社会参加を描き話題を呼んだ。他の監督作に
「ふたりのイーダ」「虹の橋」など。

 小林正樹監督の「人間の條件」シリーズの他、「乱れる」「恍惚(こうこつ)の人」、
一般公募に名乗りを上げて選ばれた「人間の証明」など数多くの映画脚本も手掛けた。 
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時事通信 9月2日(金)17時53分配信

 

 「典子は、今」(1981)。自分がこれまで観てきた『映画』の最初期の記憶の一つに
この作品が色濃く刻まれている。タイトルを聞くと今でもちょっとドキっとする。

 子供心に何とも言えず「とても心に痛く、重たかった」作品だ。

 「人間の條件」(全六部作)(1959)。オープニングの荘厳さと作風全体のスケールの
大きさに引き込まれた。シリーズ全作を初見にして一日で劇場で観れたことは今でも
とても幸運な事だったと思う。この作品の鑑賞によって、邦画は十分にパワフルで
面白いもの(面白く作れるもの)なのだと自覚を新たに持てた。

 「乱れる」(1964)。男女の情念というものがあざとくなく描かれ、且つ人生の脆さを
巧みに描いた名作だと思う。成瀬の作品の中でも常に上位に位置し語られていく作品
だろう。

 「ひき逃げ」(1966)。"ひき逃げ"を隠し通そうとする人間と、それを暴こうとする
人間の駆け引きと弱さと強かさ、やがて炙り出されるそれぞれの「業」。地味なテーマと
寧ろ小さいと言える制作規模の作品が最後の瞬間のシーンまで終始スリリングに
描かれ、映画の醍醐味を味わった。この作品において"松山善三"という人は面白さを
保証する作品を提供してくれる人なのだと認識した作品だった。

 「カルメン故郷に帰る」(1951)も、映画固有の面白さに圧倒された作品だ。
映画館で心から拍手を送った最初の作品だったかもしれない。

 「典子は、今」はここ数年のうちに再会する作品だろうと期待し、また確信していた
作品の一つだったが出会うことはなかった。しかし、仮に鑑賞する機会があったとしても
相当に躊躇しただろうというのが正直な気持ちだ。今日以降はきっと観たい。

 松山善三と、その妻となった大女優の高峰秀子(2010年逝去)。この二人がいなかっ
たなら、邦画界は随分と寂しく、全体の景色も違っていたかもしれない。自分の映画の
見かたと傾倒もまた違ったものになったことだろう。前半生の心持ち、人への接し方も、
人の見かたすらも違っていたかもしれない。

 これらのいずれの作品も自分にとって得難い出会いであり、これからの生き方に
影響を与えてくれることだろう。今後も自分を支えてくれる血肉となるだろう。

 松山善三さん、高峰秀子さん、佳作・秀作・傑作・大傑作の娯楽作品の数々を
ありがうございました。これからも愉しませて頂きます。

 お疲れ様でした。ありがとうございました。

 合掌。
 
 

 「典子は、今」(1981) 監督・脚本:松山善三

 「ひき逃げ」(1966) 監督:成瀬巳喜男 脚本:松山善三

 「乱れる」(1964) 監督:成瀬巳喜男 脚本:松山善三

 「妻として女として」(1961) 監督:成瀬巳喜男 脚本:松山善三

 「人間の條件」(1959~) 第一部~四部,完結編 監督:小林正樹 脚本:松山善三 他

 「カルメン故郷に帰る」(1951) 監督:木下恵介 (松山善三は助監督) 

 

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松山 善三(まつやま ぜんぞう、1925年4月3日 - 2016年8月27日)は映画監督、脚本家。

神戸に生まれ、横浜で育つ。
1944年、横浜第三中学校(現・神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校)卒業後、岩手医学専門学校
(現・岩手医科大学)に入学するが、1946年中退。雑誌社でアルバイトをしているときに、
斎藤良輔門下の脚本家と知り合い、映画に興味を持つ。

1954年、川口松太郎の原作を映画化した『荒城の月』で脚本家デビューする。
その前年に書いたオリジナルシナリオ『美わしき歳月』も1955年に小林正樹監督で
映画化された。この作品以来、一貫して叙情性豊かなヒューマニズムが持ち味となる。
同年、女優の高峰秀子と結婚する。以後、成瀬巳喜男監督の『娘・妻・母』、
川島雄三監督の『接吻泥棒』、渋谷実監督の『好人好日』、小林正樹監督の
『あなた買います』など多数の脚本を手がける。
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(ウィキペディアより) 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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