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2016年9月11日 (日)

映画「舞姫」

「舞姫」

原作: 川端康成
演出: 成瀬巳喜男
脚本: 新藤兼人
撮影: 中井朝一
音楽: 斎藤一郎
美術: 中古智
出演: 出演:山村聡,高峰三枝子,片山明彦,岡田茉莉子,二本柳寛,木村功

時間: 85分 (1時間25分)
製作年: 1951年/日本 東宝

(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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"戦後の日本社会"を生きるある家族の有り様を成瀬巳喜男が描く。
原作は川端康成の同名の小説。
 

 新藤兼人の脚本は何だか暴走気味でピースをバラバラにし過ぎている感がある。

 その"バラバラ感"が、『物事(事象)の"先"に来ている』ことが何よりも作品
そのものが『戦後』の象徴のような気もする。

 原作は50年(昭和25年)の暮れから翌年の3月まで100回強に渡って新聞で連載
された作品で、すぐに映画化されたことになる(8月に公開)。もしかしたら原作からして
そうなっているのかもしれない。どの辺までが監督を勤める成瀬の意図のコントロール
下にあるのだろうか。

 家族という集団としては今いちリアリティに欠ける各キャラクターを、"成瀬の磁場"
とでもいうべき特徴として見られる力学的描写(演出)により作品が脚本に対して
バランス良く"浮揚"している印象も受ける。 

 「戦中の方が家族は団結していた。」

 岡田茉莉子演じる娘の品子は嘆く。

 しかし、なぜ"今"(戦後)、家族がバラバラなのか。

 「自由過ぎる。」

 抽象的に高峰三枝子演じる母親の波子がこぼすだけで劇中では具体的には
語られない。

 足を怪我した為にバレエを断念した師は戦前と戦後の日本人と日本の断層に
独り激しく悩み鬱屈しているが、娘以外は全員冷淡で、脚本についても同じく
どこか"冷淡"に感じられる

 成瀬の視点は、家族の崩壊寸前までの過程と、ギリギリのところでの『再生の可能性』
にひたすら向けられている。

 山村聡演じる父親の矢木というキャラクター造詣は、前年に公開されている小津の
代表作且つ傑作「宗方姉妹」(1950)における田中絹代演じる妻の夫である"三村"に
酷似している

 そして、本作が先の製作・公開ならば別段良かったのかも?しれないが、「宗方姉妹」
で演じている三村の方が人間造形の深さ・広さのほとんど全ての点において矢木
よりも「勝って」いる。

 本作は、"姉妹"の苦悩を、"母と娘の"それに置き換えたような成瀬版「宗方姉妹」
と言っても良い作品であるが、、

 深くは勘ぐらないのが大人というものなのだろうか。

 岡田茉莉子の姿勢の良さと清楚さに見惚れる。

 成瀬の作品の世界、支配する重力と、人間達の行動する"間"は自分にはいつも
心地よい。成瀬の諸作品同様に本作も物語が終わらなくても良くて「ひたすら観て
いたい」ような自然的な動きのなめらさかがある

 俳優達によって正面からバレエが演じられている作品として、意外と貴重な作品
なのではないかと観ていて思った次第。

 重要なシーンに幾度も使用される自宅のバレエ教室のセットも設計が"それらしく
"感じられて素晴らしい。
登場人物の背後の小道具・大道具がしっかりしていて
作品の奥行を楽しむことが出来る。

 美術担当の中古智(ちゅうこ さとる)(1912-1994)は成瀬作品の多くを手掛け、
優れた映像を世に作り出し、「ゴジラ」(1954)でも美術を担当している邦画史に
重要な足跡を遺されている"巨匠"である。

 成瀬作品における隠れた?秀作ではあるまいか。

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