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2016年10月22日 (土)

映画「少年裁判所」

「少年裁判所」
Juvenile Court

監督: フレデリック・ワイズマン

時間: 144分 (2時間24分)
製作年: 1973年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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・非行少年。
・非行少女。
・万引き。
・親からの暴行。
・親からの性的虐待。
・家庭の崩壊。
・思春期の精神的なもつれ。
・恐喝。
・窃盗。
・幼女強姦未遂。
・etc。。

 様々な「理由」で連れられてくる少年・少女達。

 ソーシャルワーカーや弁護士達は、彼らを社会という『環』の中に戻すべく
日々奮闘する。時には、兄または姉のように、時には親のように親身になって
話しを聞いてやり、時には人生の先輩として、冷たく突き放す

 中盤以降では、ベビーシッターのアルバイトをしていて幼女に猥褻行為をしたという
理由で連れてこられた少年と、成人として扱われるギリギリの年齢18歳で麻薬を買う
為に窃盗を繰り返すグループの一員として犯罪を犯した青年の二人を中心にカメラは
回る。

 猥褻行為をしたと告発された少年は、頭脳明晰であるが、明らかに女性に対して
"奥手と思われる風貌"からくる『偏見』"も"手伝って、「行為」をしたと断定される
寸前までいくが、
 

 少年が明確に、狼狽せずに、否定を繰り返す中で
幼女の母親の詳細過ぎる発言の信憑性方のが大きく揺らぐ。

 

 母親は、明るく朗らかで、少年の外見に比べて嘘を付くようにはとても見えない
ところの『お互いのギャップ』がまるで極上の密室劇を見ているようなスリルに満ちて
いる。

 窃盗グループに加担してしまった青年は、その若さゆえに、少年院に行くことも
監獄に行くことも等しく人生の破滅だとどこまでも思いつめていて、裁判官や
弁護士・検事達は、青年の未来を、将来のアメリカを担う一員の人生を考えて、
お互いの立場から知恵を出し合い、

懲役二十年を受ける可能性

を回避する為に、敢えて青年に有罪を認めさせる変わりに少年院に行くことを
青年に誠実に繰り返し進める。
過度に社会正義を振りかざすわけではない
プロフェッショナル振りが返って観客の胸を打つ。

 少年・少女達は様々な非行に走るのであるが、理由は"無知"と、"怠惰"
そして「長いスパンでの目標の"完全なる喪失"」に他ならない。

どうして「そうなるのか?」というと、親や保護者が全く同じ境遇で生きている
(生きて来た)からであるということが、本作全体を通して痛いほど実に明解に
鮮やかに浮かび上がる。

 狡猾さと保身を身につけた親達は、自分達の人生に何らの有意義な目的も
目標も無いことを隠して生きていけるが、子供たちはその欺瞞を敏感に察知し暴き、
大人達のようになってしまうことを恐怖し、その行動の多くは悲惨な方向
向かう。

 子供たちの行動はアウトプットなのであり、結果でしかないが、社会は
そのアウトプットを撲滅できるように有機的に機能はしていない

 「いたちごっこ」には違い無いが、『自由と民主主義を守る為』には国家や行政が
家庭に立ち入るのには限度があり、その限度の中をよりよく知って動く大人達の
姿はそれなりに頼もしいものがある。

 約40年前のフィルムであるので作品内で活躍していた大人達は現在は鬼籍に
入るか、現役を引退している歳である。大人達をてこずらせた、あるいは大人達の
犠牲者となった子供たちもまた若者達の行動を快く思わない歳に達している。

 今現在の彼らは、本作を観て何を思うだろう?
 

 成年に達する前後に、または、『家庭』というものを持つ前後に観ておくべき作品の
一つなのかもしれない。 

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