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2016年10月 9日 (日)

映画「恐怖と欲望」

「恐怖と欲望」
FEAR AND DESIRE

製作: スタンリー・キューブリック
監督: スタンリー・キューブリック
脚本: ハワード・サックラー
撮影: スタンリー・キューブリック
編集: スタンリー・キューブリック
音楽: ジェラルド・フリード
出演: ケネス・ハープ,フランク・シルヴェラ,ポール・マザースキー,
スティーヴ・コイト,ヴァージニア・リース

時間: 62分 (1時間2分)
製作年: 1953年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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乗っていた飛行機が墜落し、孤立した兵士達。そこは、前線を越えた敵陣地内だった。
河まで出て筏で下り、自陣に帰還しようと試みるが、彼らは"何か"に憑かれたかの
ように運命の坂を転がり始める。。
 
  
 個人の内面を捉えようとするアップや、モノローグのシーンは、フランス映画を
観ているようでもあり、ロシア映画を思わせるような唯物的視点も見られる。

 本作は、まだ世界大戦の傷跡が色濃く残る混沌の50年代の作品であり、
キュブリックが25才の駆け出しの頃の作品だということを考え合わせると、
ややぎこちなく感じるカット割りも返って面白く感じられる。

 何しろ、撮影を担当しているのも、編集もキュブリック本人である。

 映画を創りたくて仕方がない。

 やってみたいことがあって仕方がない。

 そうカメラから聴こえてくるようであり、氏を特徴ずける"あの"「全てを射抜く」
大きな目が演者達を捉えて離さない様が目に浮かぶようなカメラワークにも感じる。

 自身のスタンスが確立する後年の作品の芽はすでにこの頃に撒かれていて
若さゆえのその"むき出しの芽"は、観客を不安に落としいれ、いたたまれなくさせ、
混乱させる。それこそがキュブリックそのものとも言える。

 捕虜となった女性の"シャッターを閉じた"眼差しにどう扱っていいか判らない
青年の無残な行動に対して敵も味方も関係なく

自分「以外の世界」が永遠に微塵も判りようもない

ということを知り抜いている登場人物達。

"宇宙"も、その手前側の"大気"も、"世界の情勢"も、"自分の国"も、
"自分の置かれている状況"も、"眼の前の人間"も、"自分自身すら"も、
何も判るわけもなく、
判っている振りをしなければキチガイ扱いされるしかない。

 ほとんどの人間が死ぬまでそう偽装し続けて生きるしか仕様のない『この世界』。

 前線で孤立した人間達は自分達の命が自分達の掌の中に無いことを思い知り、
生きているだけでいいと思う自分に呆れ絶望する

 「欲望を取り戻したい。」と。

 戦場というフィールドに冷淡に置きざりにされた『人間』という駒。置き去りにされた
のは主人公達、飛行機が墜落した兵士達だけではない。戦場で生活し男達に抵抗する
術を持たない若い女性、自陣にいようとも命の補償など何もない敵兵達、勲章など
何の役にも立たない最前線で去勢を貼る将校達、そもそもの観客である我々。。

 誰もが尽く、『一切、何の補償も無く生き、いつか死ぬ』ただそれだけの存在。

 ディスカバリー号で木星に向かうデビッド・ボーマンも、
 「2001年 宇宙の旅」(1968)

 近未来のロンドンで無軌道な暴力に勤しむアレックスも、
 「時計じかけのオレンジ」(1971)

 18世紀の世界で孤軍奮闘し、破滅していくバリーも、
 「バリー・リンドン」(1975)

 召還され冥府に還っていく小説家のジャック・トランスも、
 「シャイニング」(1980)

 "丹念に作り込まれた"キル・マシーンと化す米兵達も、
 「フルメタル・ジャケット」(1987)

 ニューヨークの街を彷徨う開業医の夫婦も
 「アイズ ワイド シャット」(1999)

 「皆、"同じである"」という『恐怖』が本作ですでに確実に展開している。

 1mm先から、モノリスによる導かれる果ての果ての世界まで。

 人間は何も理解できない。

 "Dawn of Man"(人類の夜明け)のその日から今日まで、今後も、人間は何も
理解できず悟れず死んでいく。
 
 
「俺たちは自分から離れ過ぎた。
他人の領域に入り、自分に戻れなくなっているんだ。」
 
 

猿人が自分以外を殺傷しようと骨を手に取った瞬間から、今日という日までの
全ての人間に適用される言葉だ。

他人の領域に入り(迷い込み)、決して戻ってこれない人間達の軌道を
キュブリックは生涯撮り続けた。

 キュブリックの、冷徹とも冷酷とも言われた"ぶれない軌道"こそが我々をこれからも
熱く捉えて決して離さないだろう。決して。
 
 

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