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2016年11月20日 (日)

映画「サボタージュ」

「サボタージュ」
SABOTAGE
A WOMAN ALONE

原作: ジョセフ・コンラッド
監督: アルフレッド・ヒッチコック
脚本: チャールズ・ベネット,イアン・ヘイ   
撮影: バーナード・ノールズ   
音楽: ルイス・レヴィ
出演: シルヴィア・シドニー,オスカー・ホモルカ,ジョン・ローダー,
デズモンド・テスター,ジョイス・バーバー

時間: 76分 (1時間16分)
製作年: 1936年/イギリス

(満足度:☆☆☆+)(5個で満点)
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 この映画に主人公は『いない』

 テロリストの男"ヴァーロック"は決して主人公にはなり得ない。

 彼は、「生きていてはいけない男」だ。冷徹という言葉では飽き足らない。
「心」を"持っていない"または、"捨てた"男。

 オープニングの食事の描写から、心を遥か昔に失ってしまった男を観ている
というのは拷問そのものだ。勿論、ヒッチコックの計算通りなのだろう。

 それにしては、必要な演出を超えているとしか思えない夫の絶対零度の冷たさ。
最悪の家族像を提示する意図は一体何なのだろうか。

 
・水族館の前でボソボソと密談をする二人の描写。どちらもも大儀無きただの
人殺し(アサシン)であることが薄気味悪さを助長している。

・象徴的に登場する鳥籠,カナリア。

・不確定(破綻)要素の出現、人々の"無意識の暗さ"と暗遇さ。

 映画監督の押井守は、恐らく、本作を観て、少なくない影響を受けていると
思われる

 『街』というシステムに対して、規律も法も倫理もまだまだ未熟で且つ未整備な混沌の
時代。犯罪にたいして市民も警察も余りに無防備過ぎて、その無防備からテロリスト達
は極めて容易に凶悪犯罪を犯す。

 "ヴァーロック"という人間社会を是認する事を止めてしまった"生ける屍"。つまり、
真のテロリストを撮ることの意義を観ていて見出せず、いくつもの見事なコントロール
されたモブシーンやカメラワークも、最早無駄のように思えてならない。

 果たして、ジョセフ・コンラッドの原作の"闇の深さ"は、本作と同等なのか、
それを超えているのか。ヒッチコックの人間に対する視線が冷徹過ぎるのか、、

 原作と監督の人間の負の側面へのフォーカスの相乗効果の力学的成功は
半端無いとう点と、安直な救いを排除し、ペシミズムに覆われているという
点において本来の娯楽としての「映画」であり傑作と言えるのかもしれない。

 タイトルの「サボタージュ」という言葉は19世紀の頃からフランスで見られるように
なったらしい。 ウィキペディア日本語版には以下のようにsabotage(英)には怠業の
意味はないとあるが、19世紀の終わりには怠業の意味でも使われるようになった
ようだ。言葉もまた年月を経つと変化していく。

 
  

[破壊活動]
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破壊活動(はかいかつどう、フランス語: sabotage)とは、生産設備や輸送機械の
転覆、障害、混乱や破壊を通して敵、圧制者または雇い主を弱めることを目的とする
意図的な行動をさしていう言葉である。サボタージュともいい、日本語の「サボる」という
言葉は、この語に由来する。日本語での「サボタージュ」は、労働争議の手段としての
同盟怠業(どうめいたいぎょう)、または単に怠けることを意味することが多い。
英語の「sabotage」には怠業の意味はなく、怠業は「slowdown」と呼ばれる
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(ウィキペディア日本語版)[2016年10月20日 (木) 11:18 UTC]

   

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