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2016年12月30日 (金)

映画「霊魂の不滅」

「霊魂の不滅」
Körkarlen
THE PHANTOM CARRIAGE

原作: セルマ・ラーゲルレーヴ
監督: ヴィクトル・シェストレム
脚本: ヴィクトル・シェストレム
撮影: ユリウス・イエンソン
出演: ヴィクトル・シェストレム,アストリード・ホルム,
ヒルダ・ボルグストレム
 

時間: 93分 (1時間33分)
製作年: 1921年/スウェーデン

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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或る年の大晦日。一人の若い女性の命が尽きようとしていた。人間の命が尽きる時、
死神が魂を引き取りに来るという。女性は、一人の男を連れてくるように懇願した。
男の名はデビッド。男は、世を恨み、人を恨み、自分の妻と子供にすら暴力を厭わない
人間だった。そして、デビッドもまた数奇な運命から命が尽き、、
 
 
 音楽が良い。近代資本主義の荒波の中で揉まれてボロを纏い、必死に生きる人間
達のアイロニーを饒舌に、巧みに表現している。サントラ欲しい。
 
 「ベルリン・アレキサンダー広場」とどこか似ている印象を受ける。演出、人間への
眼差し、距離の置き方について。或いは、ファスビンダーは本作を観ているのかも
しれない。きっと観ているだろう。
 
 資本主義というイデオロギーの前に人は「労働」に突き動かされ、賃金を得られない
者は女・子供・病人・情け容赦なく「人生の谷」に突き落としていく。そこから資本主義や
社会を恨み、場合によっては逆恨みして生きていくのか、または、課せられた試練と
して前向きに受け止めていくのか。さらに得た賃金を自分の為に使うのか他者の為に
使うのか、『本当に他者の為になる資金の使い方』は何なのか、、リアリズムに
徹した描写が、スケルトンモデルのように人間の集団を透視する。

 主人公の感情の貯めの深さと、ダイナミズムは「最後の人」(1924)、「ゼア・ウィル・
ビー・ブラッド」(2007)を連想したり。結末はそれぞれの作品でまるで異なるが、共通
するのは、自身を不遇な境遇に追いやった「何か」に向かう"憎悪"という点だ。
 
 高感度フィルムを使用していると思われるナイトシーン、舞台そのままに物語から
適確に切り出される各シーン。よく思うことだが、演出意図が明白であれば、単純な
二重露出や、容易にセットと判る水中シーン等であっても、物語に没入できて夢中に
なることはあっても、演出や装置が古いとも稚拙とも思わない。寧ろ、それらの基本的
且つシンプルな映像手法を用いて描かれる「人間の物語」の奥深さとメッセージ性の
高さに舌を巻くばかり。

 命尽きる若き女性は生前、救世軍として献身し、良い事を数え切れないほどしたかも
しれないが、それは自らの情熱に浮かされた手前勝手な物であったことを思い知る。 
人は、人と繋がることで出来ることもあるが、繋がらないことで出来ることもあるという
ことに。

 誰一人の為にも生きまいと決意するが、しかし他人には絡まないデビッドという
一方の人間と、酒を飲むなといい、家庭を大事にしろ、禁欲的であれ、と説いてまわり、
集団化して、さらに大きなスローガンを人に訴え、やがて法制化され、強制されていく
尖兵となりかねない「理想」にひた走る女性と、どちらが人間的であろうか。どちらが
平和の為になるのだろう。歴史は、厄介な問いを突きつけているも言える。

 「希望」と「絶望」は多分同根であり、方向性の違いに過ぎない。"光"よりも、寧ろ
"闇"を知らねば、人は容易に人でなくなる。

 本作はスウェーデン映画の最重要作品の一つとされており、イングマール・ベルイマン
を始め、多くの人々に衝撃を与えたとのこと。監督のヴィクトル・シェストレムは
「スウェーデン映画の父」と呼ばれていて、ベルイマンの代表作の一つ「野いちご」(1957)
での主人公イサクの演技も絶賛された。
 

 「主の御許に召される前に、汝の魂を成熟させよ。」
 

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