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2016年12月23日 (金)

映画「ラヴ・ストリームス」

「ラヴ・ストリームス」
LOVE STREAMS

原作戯曲: テッド・アラン
監督: ジョン・カサヴェテス
脚本: テッド・アラン,ジョン・カサヴェテス
撮影: アル・ルーバン
音楽: ボー・ハーウッド
出演: ジーナ・ローランズ,ジョン・カサヴェテス,ダイアン・アボット,
リサ・マーサ・ブルイット,シーモア・カッセル,マーガレット・アボット,
アル・ルーバン,レスリー・ホープ

時間: 139分 (2時間19分)
製作年: 1983年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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作家のロバート(ジョン・カサヴェテス)は妻子と離れ、野放図で空疎とも言える生活を
楽しんでいる。ある日、元妻がロバートとの間の息子を一晩だけ預かってくれと頼みに
来る。事実上の初対面となる息子に自分流の対応をし、酒を飲ませて再会を祝する
ロバート。さらに姉のサラ((ジーナ・ローランズ))も家族と別れて訊ねて来る。。
 

 まるで、「愛」についての学術論文のような作品。

 家族との絆の「愛」
 夫婦間の絆の「愛」
 親と子の絆の「愛」
 姉弟の絆の「愛」
 男と女の「愛」
 愛、愛、、、、

 冒頭で、気のある歌手の女性の自宅に押しかけていく余りの強引さ(女性の車を
勝手に運転して傷つける!)に何て身勝手な奴だと腹が立つが自身の人生を楽しみ
ながら、年若い女性だけでなく、その母親、息子、姉、動物達と、あくまでも自分流に
愛情を注いでいく様に引き込まれ、最後には考えさせられた。

 主演のロバートを演じる監督のジョン・カサヴェテスの実生活における伴侶である
ジーナ・ローランズは「こわれゆく女」(1975)の延長線上の卵の殻のような危うい精神
のバランスの上にある姉のサラを楽しそうに演じている。彼女が登場すると、カメラの
動きは安定感を増し、物語は力強く進む。

 ロバートが息子に懇願され(愛想を付かされ)元妻の自宅に送り届けるシーン(そして
元妻の現夫に殴られる)がどこにでもある街のどこにでもる丘のどこにでもある住宅の
日没間近の時間を捉えていてとても素敵

 ロバートは、「愛」を人並み以上に持ち、理解もしている(だからこそ作家として成立
している)が、それを受け止めるのも相手に渡すのも苦手だと熟知している。だから、
妻子と別れ、女性達とも金銭の受け渡しの上での関係と割り切って生きている。
そして、ロバートの周囲の人間達も彼の振る舞いの冷たさは、処世術に過ぎないことを
どこかで理解しているから彼の相手をするのだろう。そして、それらは金銭だけの関係
ゆえに本当の愛にはそう簡単に到達し得ない。

 息子のリックは、生まれて初めて目にした"父"は会うなり酒を勧め、煙草を吹かし
ても文句も言わない父を寛大に感じ、好意を持つが、自身の快楽の為に言葉で説き
伏せたとはいえ息子を一晩中放置して平気でいることが全く理解できず不信と恐怖が
吹き出る。そして、息子を元妻の下に送り届け、勘違いから義父に殴り倒され、逆襲に
出ようともせず、やられるままになっている父を息子はなぜだか愛おしく思う

 主要登場人物の全てが「愛」を求め、「愛」に飢えながら、お互いを何とか気遣い、
「愛」を注ごうとするが、哀しいほどに噛み合わず、やがては「「憎しみ」という
「愛の変種」を募らせていく。将に「ラヴ・ストリームス」だ。
 
 
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