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2017年4月 9日 (日)

映画「永い言い訳」

「永い言い訳」

原作: 西川美和
監督: 西川美和
脚本: 西川美和
撮影: 山崎裕
美術: 三ツ松けいこ
編集: 宮島竜治
衣装: 小林身和子
照明: 山本浩資
録音: 白取貢
キャスティング:田端利江
サウンドエフェクト: 北田雅也
ヘアメイク: 酒井夢月
出演:本木雅弘,竹原ピストル,藤田健心,白鳥玉季,堀内敬子,池松壮亮,黒木華,
山田真歩,松岡依都美,深津絵里

時間: 124分 (2時間4分)
製作年: 2016年/日本

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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作家の衣笠幸夫(本木雅弘)は、自分の名前が著名な元プロ野球選手と同じである
ことや、カリスマ美容師としての名声を確立している妻の夏子(深津絵里)に長年に
渡って頭が上がらないことなどのコンプレックスを抱えて生きている。その日も、
いつものように自宅で夏子に理髪してもらっていた。いつものように口喧嘩を
しながら。いつものように夏子は賢く夫に喧嘩を譲り、幸夫には、夏子のその
聡明さがいつものように不満に残った。"その日"も、何でもない、ありふれた、
ごく普通の日のはずだった。。 
 
 
 西川美和の名を一躍世間に轟かせた衝撃作「ゆれる」(2006)から十年。

 倦怠期を迎えた夫婦の"うざい会話"からこの物語は始まる。

 そして、西川美和は、またしても、

 『うざい男の物語』

を作ってきたことが次第に明らかになっていく。

 しかも、今回は、よりバージョンアップ&パワーアップしていて、タイプの異なる
二人のうっっざい男同士によるコラボレーションであり、それは、まんま、

 うざい男×ウザイ男 = 『うざい男祭り』

である。

 うざい男フェチの方にとっては、本作は、必見であり、御機嫌であり、恐らくは
大変に満足のいく"逸品"となっております。

 西川美和の「(男達への)目線」と、物語を展開していくスキルは、十年前から
確実に洗練されている。よって、"ウザさ"には、ぎこちなさあざとさが消え、

 よりワイドに、よりディープに、

 『ウザく』なっていることがなかなか心地よく、本木雅弘と竹原ピストル演じる
「二人のウザ男君」は、揃っていつ、いかなる時も暴走する気配を濃厚に見せ、
そして実際に何度も暴走してみせ、どんな瞬間も(心配で)二人から目が離せない

 その『ウザさ』は、女である西川美和から見た、そして考察し、分析してみせた
ほとんどどんな男にもあるであろう真実の側面の一つであることが、画面全体に
迫真性と奥行きを齎していることは言うまでもない。

 つまり、立体的に、時系列的に、総合的に、圧倒的に、『ウザい』

 そして"二人"は、特別でもなんでもなくある意味では「ごく普通」なのだ。

 そう、つまりは、男子たるもの、普通、「ウザく」「女々しい」

 「ゆれる」では、ウザさの根っこは香川照之とオダギリジョー演じる兄弟の境遇と、
香川照之演じる兄の特異性に帰することが出来て"しまった"。それは、西川の若さ
でもあり、まだ「ウザイ道」の初期でもあったわけであるが、自分にはキャラクターの
特徴への回帰それこそが不満だった。勿論、その不満を超えて充分に大きな
成功を果たしている作品
であった。

 しかし、レベルアップした西川美和は、本作においては、本木雅弘演じるガラスの
ように繊細な作家の幸夫と竹原ピストル演じる一周したややこしい弱さを内包して
生きる陽一から、人の優しさと弱さ、他者への依存度の高さを数式よろしく展開し、
性別も、年齢も関係なく『弱い』のだと言うことを手際よく見せていく。

 観る者は最初は幸夫と陽一を傍観し、笑い、突き放すが次第に自分もどこかで

 「そうだ、自分も同じだ。」

 と思い、彼らから一層、目が離せなくなる。

 それにしても、西川美和の「コラージュ的な眼」の作風は、どこまで確信的で
意図的なのか
は聞いてみたいものだ。或いは、既に自己の作品について分析して
表明しているのかもしれないが。

 本木雅弘も竹原ピストルも、それぞれの役割"幸夫"と"陽一"を、西川の要求と
期待以上に演じていることは画面から醸し出されるテンションから明白だ。
そして、彼らは演じているその一瞬、一瞬に自分達男の側から見た"幸夫"と"陽一"
を飼っていたはずである。

 "幸夫"と"陽一"A面は、かれらの登場の前半部分にあり、B面が如実に出ている
のは、幸夫は陽一の人生の好転を素直に祝福できず逆に怒りと嫉妬を爆発させる
シーンで、陽一は息子に対して自分の感情をコントローラできない危険なシーン。
 
 それぞれのハイライト・シーンであり間違いなく作品のクライマックスでもある。

 あくまで推測であるが、A面は主に監督の西川の眼であり、B面は、彼ら自身の
内省的な眼が主成分ではなかろうか。

 そして、映画としての傑作の条件の一つは、作品が監督の独りよがりではなく、
俳優の秘めた思いが演技として結実して監督が創ったキャラクターと闘う時
ではなかろうか。

 西川の創った"幸夫"と"陽一"に対して、本木雅弘と竹原ピストルは闘い続け、
葛藤し続け、情けなく泣き、叫び、本来、自分達が救わなくてはいけない者たちに
救われていく。

 それは、いつの間にか、気が付いたら生を受け、いつのまにか生活に追われて、
何かしらの責任と権利を負い、お互いに複雑に依存し合って生きているこの社会
そのものだ。

 これから、西川美和は何を見て、何を表現していくのかご自身の眼をさらにブラッシュ
アップして「映画」を通して語っていってもらいたいものだ。

 尚、池松壮亮君は、本作と「海よりもまだ深く」(2016)の二作での活躍により
"中年オヤジ専門メンタルヘルスケアマネ"の地位を不動のものとした模様。

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