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2017年7月17日 (月)

news「ジョージ・A・ロメロ監督死去」

  
 

「リビング・デッド」のロメロ監督死去 ゾンビ映画の原点
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ゾンビ映画というジャンルを確立したジョージ・A・ロメロ監督が16日、死去した。
77歳だった。肺がんと「短く、しかし激しく戦った」末に眠りながら亡くなったと、
マネージャーが明らかにした。

マネージャーのクリス・ロー氏によると、ロメロ監督は妻と娘に囲まれ、
自宅で「一番大好きな映画の一つ」の「静かなる男」の音楽を聴きながら
亡くなったという。ロー氏が米業界紙バラエティに語った。

米国出身のロメロ監督は1968年、ゾンビ映画シリーズの第一作となる
「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」を製作。公開当時は残酷だと
批判されたが、カルト的人気を得て、その後のホラー映画やゾンビ映画のひな形となった。
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2017年07月17日 13:16 BBCニュース

 

 『ゾンビ映画』と言えば、自分にとっては諸作品よりも"大学時代の友人君"が
先に思い出される。

 学生時代の某日、友人君が貸してくれたのは多分、 

「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」(1968)だったと思う。

 バイト漬け徹夜明け同然で観たことに加えて、鑑賞直後の電話越しの友人君の
"熱すぎる"解説が作品を鑑賞した記憶と並走に自分の脳内メモリーに記録されて
いることと、その解説は自分にとってはかなり正鵠を射ていたため作品自体はよく
覚えていないまま現在に至る。

 「観た?感動でしょ?」と友人君は熱く電話口で語り続けた。

 「うん。最高だった。」自分は答えた。

 友人君が最も感動した点は、『資本主義社会への反逆』といった視点だった。

 それは、後日、拙宅で改めて友人君が語った「ゾンビ映画」への賛辞においても
同じだった。

 そう、ロメロ監督の作品のテーマは『反逆』であり『革命』でありある種の『下剋上』
だったのだろう。

 死んでいる者が生きている人間を喰らう。脳を吹き飛ばす以外に倒す方法はない。
これほどの現代科学社会への反逆もあるまい。

 そして、生きている人間はこれ幸いにとゾンビ狩りを口実にマン・ハントを
お互いに始め、あらゆるルールと法を『ゾンビの覚醒』を理由にして拒否し始める。

 初期の作品「THE CRAZIES」(1972)において、主張したい事は全て描けていると
いってもいいだろう。しかも同作品のオープニングの数分においてロメロの
"主張の全て"は集約されていると言っても過言ではないと思う。

 大人になって、満を持して一つ一つのシーンを冷静に鑑賞した「ゾンビ」(1978)は
一言で言えば、「美しい作品」だった。

 ゾンビ達のステップは優雅なダンスそのものに見えた

 人々は「社会構造のひずみ」をそのまま自己が狂人と化すことで存分に責任転嫁
していた。観客は溜飲を下げている自分を観察せざるを得ない事に向き合うことになる。 

 元人間に対して、予備ゾンビ(=自分達)に対してもどこまでもどこまでも際限なく
残虐になれる人間達。逆もまた然り。

 『内省的になる』事。

 『鑑みる』事。

 死者を蘇らせ続けたロメロの希望はこの一点に尽きるのではないだろうか。

"自宅で「一番大好きな映画の一つ」の「静かなる男」の音楽を聴きながら
亡くなった"というのは誤解を恐れず言えば、幸せな最期だったと言えるのでは
なかろうか。

 好きな音楽を聴きながら、或いは、好きな映画を観ながら、死ねるとすれば
それに越したことはないように思う。 

 お疲れ様でした。ありがとうございました。

 合掌。

 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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