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2017年8月 5日 (土)

映画「メッセージ」

「メッセージ」
ARRIVAL


原作: テッド・チャン
監督: ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本: エリック・ハイセラー
撮影: ブラッドフォード・ヤング
視覚効果監修: ルイ・モラン
プロダクションデザイン: パトリス・ヴァーメット
衣装デザイン: レネー・エイプリル
編集: ジョー・ウォーカー
音楽: ヨハン・ヨハンソン

出演: エイミー・アダムス,ジェレミー・レナー,フォレスト・ウィテカー,
マイケル・スタールバーグ,マーク・オブライエン,ツィ・マー,フランク・スコーピ

時間: 116分 (1時間56分)
製作年: 2016年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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世界各国に突如『謎の巨大物体』が飛来する。「目的」や「意図」は不明。
言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)の下にアメリカ軍のウェバー大佐
(フォレスト・ウィテカー)が訪れ協力と調査を依頼する。ルイーズは、
物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)と謎の解明に挑む。。 
 

 新作のSF映画を観る場合には、自分としての鑑賞基準が幾つかある。
それは、主に以下の4つになるだろうか。

 1) これまでの古今東西の作品の最先端作品として、どこまで挑めているか。

 2) 最新技術をどこまで上手く活用して未知なるものへの表現が出来ているか。

 3) 限られた予算と上映時間を『何に対して』重点配分しているか。

 4) 現時点で解明されている科学的事実に対して何を尊重し何を飛躍しているか。

 例えば、「インターステラー」(2014)においては、2) と 4) について積極的な作品であり
「飛躍は極力避けて現在科学の延長線上にある(かもしれない)世界を描く」
という闘志が全編に漲っているという点で高評価できる佳作であった。

 SF映画がそもそもの前提として『在りえない存在を描く』ジャンルなので、結果責任
(出来上がった作品の精度自体)は問わないお約束を製作者側、観客側の双方が
守る代わりにその過程を描くことを製作者サイドは苦悩し、挑戦し、観客は存分に
観て愉しみ、鑑賞後も好き勝手に批評を愉しむ。

 本作は、1) , 2) にどれだけ挑戦しているのか久しぶりに「期待の持てる作品」だった。

 出だしはまあまあ且つ期待通りの展開だ。

 謎の巨大物体の直接描写は極力避けて、右往左往する人々と各国の混乱を
断片的に描きワクワク感を与えつつ同時に主人公達を登場させつつ背景を紹介
していく。

 かつて人間の接触したことのない知的生命体とのファースト・コンタクトが実際に
訪れたらどうなるか?その具体的な手順は?結果は?

 これまで多くの作品が挑んできた難題に本作も果敢に挑戦していく。つまり
SF映画の王道の一つである 3) について重点を置く作品であることが「見えて」来る。

 重力が歪んでいたり、視覚とは?聴覚とは?『理解』とは?『認識』とは?『表現』とは?
『知性』とは?というそもそも論をルイーズと相棒のイアンとウェバー大佐の下に
組まれたチームは議論しつつ観客にても提示していく。

 序盤のクライマックスにおいて『それ』は姿を現すが、同時に

 「またこのパターンですか。。。」

 感は否めない。どこかで観た、あるいは自分の夢の中でも、脳内の映画企画ゴッコ
の中でも描いたことのあるパターン。

 未知とのコンタクトの過程をとても丁寧に、一つ一つの描写を面倒くさいシーンも
飛ばさずに描いている
ことは評価していい。観客が観たいと思う映像を実現している。

 つまり、 2) はボーダー超えの作品である。

 中盤以降は、次第に謎が解明していき、『それ』側自体の解明ではない、もう一つの
人類にとっても共通の『謎』が解明していき、物語の鍵となる。

 謎が明らかになっていくと同時にルイーズ自身にも変化が起こってくる。原作の
題名「あなたの人生の物語」(原題:Story of Your Life)とリンクしていくわけだが

 邦題の「メッセージ」はかなりの違和感があり混乱すらする。原題名の
"ARRIVAL"の方が作品自体をよほど適格に表現していることが
判ってくる。

 
「何か」が、地球人にメッセージを持ってやって来たわけではない(それが
目的ではない)ことを物語と映像と台詞で明確にしている点では寧ろ新しい
側面の作品と言えるかもしれない。

 後半は、知的生命体の最上位を自認する"我々"のお約束の行動と、謎解きが
同時にシンクロしていくエンタテインメント的描写が加速していく。

 ここでも、その加速感こそが「ああ、またか。」感を否めない。だか、これも
製作者に責任を帰するには余りに酷ということである意味我慢して鑑賞。

 やや嬉しいのは、監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは人間という集団の持つエゴを
はっきりとネガティブに描き、ただそれだけではなく、自分達の問題を自分達の
力で克服できないのか?するべきではないのか?
という"メッセージ"を
明確にしている
点だろう。だからと言って、それが別段邦題とリンクしているとも
思えないのは少し可笑しい。

 劇中で提示され、機能するツールを駆使して物語は収束に向かう。
「ああ、またか。」「ああ、またか。」を脳内で連呼しつつも主要登場人物達の
堅実な演技を楽しむ。

 主役のエイミー・アダムスは、清楚で良識のある言語学者をきちんと好演している。

 ジェレミー・レナーは、やや屈折した精神を持つ物理学者を卒なくこなしている。

 フォレスト・ウィテカーは、見ているだけで安心だ。彼は何をすべきで何をすべで
ないのかを「知って」いる。偉大な俳優だ。

 個人的に最大級の「ああ、またか。」を痛感して物語は終わる。

 最大級の「ああ、またか。」とは、つまり、

 我々は、何よりも、『我々自身について』何も知らず、知ろうともしない
という事について知ろうともせず、知らない事に余りにも無頓着過ぎる

 という点についてである。

 現時点の人類の使える(かもしれない)ツールを提示して駆使するところまでは
及第点の作品であるが、その先に行くには解決しなくてはいけない問題は他の
無数の作品と同じく先送りされた感は否めない。

 或いは「描いてはいけない(解決してはいけない)事情」でもあるのかと勘ぐりたく
なるがそうではないのだろう。

 スタッフの布陣を眺めてみると制作、監督、撮影、各々皆、キャリアを現在進行形
で構築している最中と言える。その様は、「ARRIVAL」という企画に優れた才能が
結集したとも表現できるし、群がっているとも表現できる"熱気"を感じ取ることも
出来る。

 正直に言って、本作がアカデミー賞を賑わすのならば、今後、日本を含めて
世界中の資金が潤沢でない映画監督は自信を持ってSF映画を作っていいだろう。

 現時点以上の傑作を作る余地と裾野はまだあるということだ。

 1) これまでの古今東西の作品の最先端作品としてどこまで挑めているか。
   :まあまあ健闘している。(3+)

 2) 最深技術をどこまで上手く活用して未知への表現が出来ているか。
   :まあまあそこそこ。(4)

 3) 限られた予算と上映時間を『何に対して』重点配分しているか。
   :自分達の決めた方向性に対しては誠実に挑んでいる。(4)

 4) 現時点で解明されている事実に対して何を尊重し何を飛躍しているか。
   :他の作品と同じくブレークは出来てない。(3)

 ()内は5段階評価+α

 観終わってみれば、「2001年 宇宙の旅」(1968)がいかに大幅に突出して
例外的で偉大な傑作であるのか
をまたしても思い知る。

 人類は、もう月にも火星にも行かない(行けない)かもしれないのと同様に
もうSF映画で新天地を描くことは出来ないのかもしれないという焦燥感。

 本作は、好ましい方向性を持ちつつ、好ましくないバイアスをかけられた
膨大な作品のうちの一つである。良い芽が幾つもあるだけにバイアスはより
不自然に際立ち、残念感も増幅されてしまう。

 先へ行きたい。目の前の課題を無視するのではなく、解決するからこそ
先へ、「その次」へ行けるのだ。

 先へ。"その"、先へ。

 フォレスト・ウィテカーに久しぶりに会いベトナム戦争映画の最高峰にして
名作「グッド・モーニング・ベトナム」(1987)を猛烈に観たくなった。

 鑑賞後、京都から来ていた友人ベジ太君に「ああ、またか。」感を一方的に
巻くし立ててドン引かれる(自分では講義のつもり)。

 或る晴れた夏の日の出来事。

 空を見上げれば、「何だ?、あの光は。。」

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コメント

いやいや
どん引いてないですよ。
いつものクロネコさんって感じです(どういう意味だ)
僕にはそこまで熱狂的になれるものがないので羨ましい反面、なんかこう熱が入る人は特有の変な所があるなと。
補足しておきますと嫌味だとか批判ではなくて、一言足りてないだけの純粋な素直な感想です。(フォロー出来ているのかそれは)

投稿: ベジ太 | 2017年8月 7日 (月) 21時31分

>なんかこう熱が入る人は特有の変な所があるなと。
 
...(一_一;)
 
>補足しておきますと嫌味だとか批判ではなくて、
一言足りてないだけの純粋な素直な感想です。
 
...(一_一;;)


>(フォロー出来ているのかそれは)
 
...(;;一_一;;)

...「泥縄」という言葉を知っているかな、ベジ太君は。。
 
果たしてフォロー出来ているのか否かの回答は
今度会った時に!
( ̄ー+ ̄)

投稿: kuroneko | 2017年8月 8日 (火) 00時34分

この映画
ここ最近、映画サミット参加中のK氏によると
原作をかなり忠実に映像化している
とのことでした
 
それゆえの既視感かもしれませんねー
 
僕は今更インベーダー?って感じで
あんまり興味が沸かないので
結局、観に行ってないですけど…

投稿: 万物創造房店主 | 2017年8月12日 (土) 01時58分

後半のあるシーンについては
文章と映像の文脈の違いによるもの
なのではと思っています。

投稿: kuroneko | 2017年8月12日 (土) 23時27分

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