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2017年8月19日 (土)

映画「臨死」

「臨死」
NEAR DEATH

監督: フレデリック・ワイズマン

時間: 358分 (5時間58分)
製作年: 1989年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆☆)(5個で満点)
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聖イスラエル病院の内科ICUで働く医師と運び込まれ来る患者達に追った
5時間強に及ぶドキュメンタリー大作。
 
 
 中盤までは内科ICUの内部全般と医師達同氏のディスカッションの模様を
延々と描写し、後半は数名の患者達の病状の経過を追う。

 「脳死」について実に活発に議論を交わし合う医者と看護師達。

 医師であるということと、ICUに勤務しているということ、救うことが難しい命
救おうとしているという自負と強い責任感が彼らを開明的で理知的な人間である
(あろう)とする自覚を押し上げている。

 どこまで患者と親族に説明すべきか?

 どこまで患者達の決定と判断に委ねるべきか?

 (患者達が)明らかに間違った判断でも医者は尊重すべきか?

 医師達は、明確なガイドラインも、答えも無い中での判断を日々迫られる。

 そして、ICUという職場の状況から彼らの判断と行動のどちらにもすぐ傍に『死』
直結している。

 ICUに務める者達全員が抱えている本質的なジレンマの一つは、

 ICUに運ばれてきた来た時点でごく近い将来の死はほぼ確定し、少なくとも、
「全快は絶対にあり得ない」ということ。

 それでも少しでも延命し、患者と親族を勇気付ける。

 そして、その最高レベルの医療行為の為に費やされる費用は、生涯に発生する
医療費の実に"何分の一"かにも上る。

 生き残る可能性の低いICUでの従事は、最も高度な医療でもあり、死に近いが為に
最も崇高で人間の尊厳を理解する人間達でなくてはならない。

 『医』とは何かを問われれば、それは「命を生かす」ことに他ならない。

 落命に近い最終的状況に最も高いコストが支払われ、そのリターン(生還)率は
極めて低いシニカル極まる現実に医師達は悩み、議論を続ける。その姿こそが
助からないであろう人々が天国に行ける一助になっているであろう
ことは
記録している映画製作陣も医師達本人も自覚しているようで胸に迫るものがあった

 彼らは極めて高度な医術を施しつつもそれ以前に『最善の配慮』を心がけている
点は運び込まれくる指一つも動かせない人々の人間としての「尊厳」であり「プライド」
である。これらの前には生死は究極的には脇に置かれることになる。散々、生かそうと
努力してきても、アッサリと管を外し延命治療を拒否する患者達。これも医師達の心の
奥底ではストレスになっているに違い無い。

 助けなくていいのなら簡単である。元々助かる可能性は低いのだ。だが決して
見過ごすわけにはいかず、且つどんな時も自分達で勝手に判断するわけにはいかない。

 「せっかく岩を丘の上まで上げたのに、すぐに転がり落ちて来る。
それが医者の仕事だ。」

 

 『命』は、たとえ助からないと判っていても助けなくてはいけない

 しかし、その理由を"言葉"にすることは、案外と難しい。

 
  

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