« W | トップページ | 発動編2017 »

2017年9月30日 (土)

映画「エロス+虐殺」

「エロス+虐殺」

監督: 吉田喜重
脚本: 山田正弘,吉田喜重
撮影: 長谷川元吉
美術: 石井強司
音楽: 一柳慧
出演: 細川俊之,岡田茉莉子,楠侑子,高橋悦史,八木昌子,稲野和子,
原田大二郎,川辺久造

時間: 167分 (2時間47分)
製作年: 1970年/日本

(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
--------------------------------------------------------------
 

 音楽が良い。ノスタルジックでありつつ懐古趣味を自覚しているとも思える清んだ音色。

 映像も良い。意図的な首切りカット、拘って作りこまれた画面。

 現代(60年代の終わり)と、大正の時代を輪廻のように繰り返される「憎しみ」と、
「性」と、「抑圧」の、それらに対する『無感地獄』と、監督吉田喜重の人間への皮肉と、
恐らくは、同情を込めた眼差し。

 何も達成できない。

 何事にもコミットできないことを判っている人間達の叫び。

 自己への増悪。

 『テロリズム』。『公害』。『貧困』。『差別』。

 それらの撲滅を訴えながら、その現場の混沌には決して近づこうとしない人々

 『革命』を叫び、もしも、革命が成就すれば、自分達の安穏とした暮らしも立場も
粉みじんに吹き飛ぶことを知り、何もできない人々。 

 自分達の暮らしがもしも変わらないとすれば、それは、自分達が糾弾し続けてきた
何者か、それ以下の外道に堕ちることに他ならない。

 だから"彼ら"は、有意識的・無意識的に何かにつけては『死』を選択しようとする

 そして、死を選択することがいかに選民的であるかも自覚し、ついに何もできず
悶絶するしかない

 "世の中に向かってコミットしようとしない系男子"に、"女子"はどのように
付いていくのか?

 女性の側の力学、女性が考えるエロスから考察し、描いてみせた稀有な作品
なのかもしれない。

 大正の世と戦後のある面における相似形。それは、目的と手段の一致を見ない
人間の狂気、狂気に至るのではなく元々狂気であるという狂気。女から見た男の
存在。

 アナーキーズムという点においては「ツィゴイネルワイゼン」(1980)との類似性も
見られる。

 完全ノーカット版で遺していくべき作品であろう。


 

 

 「50年後の若者も叫ぶのかしら?」


 

--------------------------------------------------------------
映画感想一覧>>

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

|

« W | トップページ | 発動編2017 »

映画」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。