2018年7月1日の風景
ここに来て
「設計からやり直した方がいいんでないかい?」
と思える事態が巷で日に日に顕著になってきている気がする今日この頃。
問題はそれ自体が「問題」なのではなく、設計とその機能が現状を想定していない、
または想定しているのかもしれないが十分に使い切れていない、あるいは
全く運用できていないことで起きているように思う。
さしあたって
「上手く使うようにしよう」ということで回避しようとする気構えが見受けられる。
設計し直すのは面倒で見識が必要で時間も必要。
「少しずつ直す」という方向も有りだろう。いずれにしてもまずは『知』が必要で
別に知を無理に集積しなくてもよろし。次に、その知を動かす(駆動させる)
のが肝要でこちらが成果も問われるのでより厄介ではある。
SNSがこれらについて出来る役割もここ数年ではっきりしてきたように思う。
『知』は割とよく見かける。ごく普通に。その次が大事なのだろう。
"その次"にウェイトを置いてみよう。
| 固定リンク
「独り言」カテゴリの記事
- 2021年10月14日木曜日(2021.10.14)
- 2021年8月2日の風景「Kia kaha」(2021.08.02)
- 2021年6月26日の風景「終わりの始まり」(2021.06.26)
- 2020年3月22日の風景(2020.03.22)
- 2019年11月30日の風景(2019.11.30)
最近のコメント