映画「魂のゆくえ」
「魂のゆくえ」
First Reformed
監督: ポール・シュレイダー
脚本: ポール・シュレイダー
撮影: アレクサンダー・ダイナン
音楽: ラストモード
編集: ベンジャミン・ロドリゲス・Jr
出演: イーサン・ホーク,アマンダ・サイフリッド,セドリック・カイルズ,
ヴィクトリア・ヒル
時間: 113分 (1時間53分)
製作年: 2017年/アメリカ
(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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ニューヨークの小さな教会で牧師を務めるエルンスト・トラー牧師
(イーサン・ホーク)は、息子が戦死したことについて心のどこかで自分を
責める日々を送っていた。運営資金面で形振り構わぬ姿勢を見せる教会の
方針にも納得のいかないトラーは別れた妻とも上手くいかず孤立を深めて
いく。そんな最中にトラーはメアリー(アマンダ・サイフリッド)と出会い
互いに惹かれていく。。
静かな映画。教会周辺の風景とトラーの周辺で起きていく人間模様と事件。
「映画とは静けさであり抑制である」とすれば本作は要件を十分に満たして
いる。
一つ一つのシーンと会話の積み上げとトラーの心象を映すかのような
寂しくも美しい風景、出演者の空気から製作者側が「『映画』を撮っている
悦び」と演者の演技るす喜びが感じられる。監督のポール・シュレイダーは
本作を自信の集大成と言っておりその通りの気合いの入り様を見てとれる。
物語の進行を楽しみながら同時に画面全体に漲る緊張感を好ましく思いつつ、
"映画という壮大な時代の終わり"を感じざるを得ず、それはトラーが自ら
陥っていく境遇とリンクしているかのようだ。
監督のポール・シュレイダーは伝説の作品「タクシー・ドライバー」(1976)で
脚本を務めている。本作では映画に関する知識がそれほどなくても
観客は同作の主役であるロバート・デニーロが演じたトラヴィスと
トラーの姿を自然と何度も重ねることになる。
しかし、トラーとトラヴィスでは落ちていくという点では似ているが
他の点においてはまるで違うと言っていい。
トラヴィスはベトナム戦争で従軍した過酷な体験と日々の孤独な生活が
あるとはいえ、狂気を自ら向かい入れていく。トラーは抵抗し続ける。
そして、トラーには踏みとどまれるチャンスも理由もある。
だが、狂気へと落ちていく本質的な「弱さ」と、イーサン・ホークが
丁寧に演じる弱さと脆さゆえに落ちていく逆説構造のリアル。
ある層にとって絶望的な状況にある映画という構造の危機と脆さにも
重なる。こんな作品はもうそう簡単には作れないだろうという諦めと
時代の黄昏を作品自体に見る。
問題に対して有効な対策を取れないことへの苛立ち・怒りの弱さは
どこから来るのだろうか。
トラーは、敢然と立ち上がり、教会の運営元を非難し、大衆を扇動して、
信念という光に向けて突き進むということはしない。全くしないという
ことではなく彼なりの手は尽くそうとするが現状打破できないことを
心のどこかで最初から知っている。
原題の"First Reformed"については特定の教派を示すものという説明を
しているサイトもあるがその地域で最初に作れた教会との意味付けでよい
らしく"First Reformed Church"というのはアメリカの各地にあるとのこと。
Web上での幾つかの指摘に見られる通り主人公トラーの心の"形"の原型、
深淵に触れる意味を観客はそこから感じとれなかなか良いタイトルだと思う。
訳すのは文化的な相違の大きさからちょっと無理だし、訳さないで片仮名に
してまっては本作の魅力が伝わらない。「魂のゆくえ」は賢明な邦題と
言えるだろう。
志の原点に帰りたいが術が判らずに分かったとしても進むパワー
を持たないトラーと原点回帰しようと持てる力を総動員して制作された
本作の魅力と、その結果思い知らされる決して戻れない絶望。
多くの人が本作観て、愉しみつつそれぞれにとっての映画の位置と
そこには一体何があって今できることは何か、考え行動に移していけば
またきっと面白い作品がどこの国でも生まれていくだろう。
絶望を断ち切れず深めていく牧師というある種の矛盾を描くことで
「希求」を描く良質な2時間。
これこそ、『映画』だ。
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