映画

2018年12月 9日 (日)

映画「鏡」

「鏡」
ЗЕРКАЛО
The Mirror


監督: アンドレイ・タルコフスキー
脚本: アンドレイ・タルコフスキー,アレクサンドル・ミシャーリン
撮影: ゲオルギー・レルベルグ
音楽: エドゥアルド・アルテミエフ
挿入詩: アルセニー・タルコフスキー
出演: マルガリータ・テレホワ,オレーグ・ヤンコフスキー,イグナート:イグナト・ダニルツェフ

時間: 108分 (1時間48分)
製作年: 1975年/ソビエト

(満足度:☆☆☆☆☆+)(5個で満点)
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女は柵に腰掛けて煙草を燻らせていた。通りかかった医者は、その女にひどく
惹かれ、診てあげようと言い寄る。女はくたびれた表情で笑おうともしない。
夫は長く帰らずに、家は中も外も廃れている。子供達は屈託無く庭で遊んでいた。
ある日、家の前の納屋が激しく燃え上がる。女はただ呆然とその炎を眺めていた。
少年はそんな"母"を、そして惨めな自分の人生をただひたすら冷徹に眺め続ける。。


 タルコフスキーの作品には終末観のようなものが画面を色濃く覆っていて、本作も
そうだ。「ストーカー」(1979)や、「ノスタルジア」(1983)と複雑な相関関係にあり、先の
二つの作品がより"映画作品(興行製品)"であり"物語"であるとすると、こちらは
映画を楽しむ人間の脳に直接侵入してこようと試みているかのような別の次元の
作品のようにも感じる。

 冒頭から、マルガリータ・テレホワ演じる妖艶で魅惑的な女性は生きているのか
死んでいるのか判らないような危険な虚ろさで、子供達の世界は唐突に水浸しになり、
子供達の飲むミルクがこぼれていようが、家の床が、壁が、酷く汚れ傷んでいても、
妻がいかに精神を病んでいても、家族同士、知人同士、子供も大人も全ての人間が
徹底的に他者に無関心であり、孤立している。

 彼らの喋る「言語」は、コミュニケーションを円滑にするツールとしての本来の
機能を全く有していない。
それは、実に衝撃的な描写であり、人類の終焉
文明の破滅を強く暗示させる。

 そして、それらの絶望的な仕組みの総体的な脆弱性を、人々の制度の運用する
力の無さと他者への無意識的有意識的な悪意を、タルコフスキーは少年の頃から
直感的に見抜き、ある年齢からは確信を持って眺め多くない作品のほとんど全てに
背景色として使用しているのではなかろうか。

 エドゥアルド・アルテミエフの音楽がとても効果的で、少年の、女の、人間として
生きることそのものの"苦痛"と、"叫び"そして、他者への"不信"と、"怖れ"
映像と一体となって盛り上げている。

 繰り返し観たい思う作品はそれほどないが、本作については数年に一回は
どうしても見返したくなり、観なくてはならない使命感のような気持も同時に湧き
あがる。さらに、観る度に初めて観る感動が保証されていることの強い確信もまた。

 東西の政治的な壁が大きく揺らぎはじめた1984年、タルコフスキーは事実上の
亡命宣言をする。ゴルバチョフのペレストロイカは翌年に迫っており、宣言する
必要はなかったとも。

 タルコフスキーは、主役の女性の呆然とする以外に無いやるせなさに自分を
含む無数の人々の思いを投影したのだろうか。
 

 タイトルそのままに。

 

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2018年7月15日 (日)

映画「白昼の通り魔」

「白昼の通り魔」


原作: 武田泰淳
監督: 大島渚
脚本: 田村孟
撮影: 高田昭
音楽: 林光
美術: 戸田重昌
編集: 浦岡敬一
出演: 川口小枝,小山明子,佐藤慶,戸浦六宏,小松方正,岸輝子,川口秀子,
殿山泰司,茅島成美

時間: 99分 (1時間39分)
製作年: 1966年/日本  創造社

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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 キャスティングが良い。

 小山田英助(佐藤慶)はいかにして「白昼の通り魔」となったか。
 

  それは、"しの"という女性に答えがある。

 "しの"(川口小枝)は、豊満な体と、愛嬌のある笑顔で二人の男を破滅させる

 "女"であり過ぎた女 教師オーラが素晴らしい。
 

 また、撮影、編集、美術のいずれもが素敵だ。

 夜の大阪の街の描写もとても美しくて、女の対決、繰り返しのシーンでの
心理描写の演出も良い。

 養豚と洪水のシーン、田舎の公会堂でのエロスは、本作制作当時の数年後に
発生する史上名高い"浅間山荘事件"(1972年)への芽を彷彿とさせる

 若者の暴走、排他的であること、新幹線のシークエンス、化粧室の密室での
撮影も見応え十分だ。

 学生達のシーン、バス内、列車内、、60年代半ばという時代の『臨界点』。 

 そして、単なるクライムムービーなのかと思えば、そうではない。

 小山田英助という路を外れた異端を裁く作品では全くなく

 寧ろ、英助は「憐れな存在」であり、逞しく狡猾に打算的に生きる女達の、
"しの"という動の生と、女教師の静としての生の対比が脚本としても
映画としても見事に構築されている。

 しのといういそうでいないキャラクターの"輝く命"の前に英助達は圧倒され、
翻弄され続ける。

 英助以外の人間も、ある面においては「英助と同じである」ことをどこかで
自覚しつつ仮初めの人生を生きている。

 英助は、その仮初めをもたずに突っ走ったに過ぎない。

 編集を担当している浦岡敬一が手掛ける諸作品はカットの切れ味が秀逸な
印象を残す。「夏の妹」(1972)、「十六歳の戦争」(1976)、「歌麿 夢と知りせば」(1977)
どれも人間の意識・心理、生理的に自然な流れが結果的に作品のテンポに斬新さ
生んでいると思う。浦岡氏の意図はどこまで入っているのだろうか。

 脚本についてはやや冗長だと思うがその点を踏まえても及第である。
なお、脚本家の佐々木守が本作では助監督を勤めている。

 大島渚の常に"動機"を追求する姿勢が、掟に捕われない
 
 "反映画という名の『映画』"を作り出す。

 ヌーベル・バーグと評される所以だろう。

 傑作。

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2018年5月27日 (日)

映画「ロストワールド」

「ロストワールド」


原作: コナン・ドイル
監督: ハリー・O・ホイト
脚本: マリオン・フェファックス   
撮影: アーサー・エディソン,ホーマー・スコット,デイヴ・ジェニングス
特撮: ウィリス・H・オブライエン
出演: ウォーレス・ビアリー,ベッシー・ラヴ,ルイス・ストーン,アーサー・ホイト

時間: 55分
製作年: 1925年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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 いわゆる"絵空事"なので、人間ドラマの部分が薄っぺらくなるのはやむを得ず
なのだが「怪獣映画」の原初からして、Aからして「こうなのか」と思わず苦笑。

 まずは、翼竜が遥か上空をゆっくりと旋廻して獲物を美味そうに啄む記念すべき
恐竜共の初登場シーンの掴みは『完璧』であり、21世紀の今観ても充分に心躍る
ものがあって実際、純粋に感動した

 当時の人々は内心で「撮影に本物を使っているのではないのか?」と思った
人もきっといたと思う。

 謎の大陸で謎の巨大生物達が思う存分暴れてくれて

 「どうせ適当にENDマーク」

 で終りかと思いきゃ、、

 後半の怒涛の展開は、スタンディングオベーションもの

 驚きよりも、「ここまでやるか」という感嘆であり、


 『90年近く前の作品』!!


なのに、それ以降の数知れない怪獣物、恐竜物の技術革新に対応した見せ方の
進歩の無さと、本作の今となれば"誰でも"出来るかとも思われる撮影テクニックに
対しての「超絶」といっても全く大袈裟ではない見せ方の圧倒的な上手さ
モブシーンとの結合のプロ振りに楽しいのと同時に哀しみも湧いてきて
マジで泣きたくなった

 本作を何度でもそのまんまリメイクするだけで世界的にヒットすることは
間違いなく(実際にそうされているわけだが)

「後続がいかに資金を投入しようが才能を集めようが研究を重ねようが
 ブロックバスターした先頭集団を越えることはあらゆる点で不可能である」

という法則は映画においてはまず不変の法則といってよく、本作においても
この法則が実に奇麗にあてはまる。

 
 今後も怪獣物(恐竜物)の「A」にして"残念ながら「Z」であり続けるだろう。
 

そして、残念であることにこそ当時のスタッフに惜しみない拍手を送りたい。
あくまでも挑戦し続ける後続達にもまた。
 

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2018年5月19日 (土)

映画「港の日本娘」

「港の日本娘」


原作: 北林透馬
監督: 清水宏
脚本: 陶山密
撮影: 佐々木太郎
作詞: 大木惇夫,野口雨情
作曲: 江口夜詩,高階哲夫
出演: 及川道子,井上雪子,江川宇礼雄,沢蘭子,逢初夢子,
斎藤達雄,南条康雄

時間: 分 (時間分)
製作年: 1933年/日本 松竹鎌田

(満足度:☆☆☆☆+) (5個で満点)
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多感な年頃の娘達の心の機微を戦局が悪化する前の街の風景を交え
繊細な映像で描く。

 ヘンリー、砂子、ドラ(愛称)の三人がお互いに気を使う余りに、傷ついていく。
砂子は最初にヘンリーに気を寄せながら、夜の女に身を落とす。

 人物の画面からの退場シーンを歩き去るのではなく、舞台のようにフェードアウト
で表現したり、砂子とヘンリーの踊りのシーンで不自然に二人の足に編み物の糸が
絡まったり、全体的に実験的と思われる映像が多い。

 少女と青年の三人が一つの淡い時空を共有してからそれぞれが大人になった
後の惨いエゴイズムに塗れた「現実」を主に砂子の視点から描いているのでどこか
夢の中のような非現実感的な描写が本作の描いている「物語」そのものとして
構築されて洗練されている。現在において制作された作品としても十分に通用
して世界中で評価されるであろうプロの仕事だ。

 戦前の横浜の街並みの光景の戦後と見まごうばかりの先進性にただただ涙。

 船舶の見事さ。人々のハイレベル且つハイセンスな暮らし。

 たった十年間でほとんど何もかも失い、たった数年間の政治的な
破局を半世紀以上も償い続け、永久に償い続けることも保証しかねない
異常極まる世界を生きてること
をワンシーン、ワンシーンごとに思い知る。

 1930年代に世界はとてつもなく大きく歩みを間違えて、現在に至るまで
根本的な補正は何らされないままに傷口の空いた世界を我々は生きてることを
本作を含めて『映画』は告発している。
  

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2018年5月13日 (日)

映画「千曲川絶唱」

「千曲川絶唱」


監督: 豊田四郎
脚本: 松山善三
撮影: 岡崎宏三
美術: 幡野豊治郎
編集: 広瀬千鶴
音楽: 佐藤勝
出演: 北大路欣也,宮口精二,星由里子,田中邦衛,都家かつ,いしだあゆみ,
上田忠好,石井伊吉,平幹二朗

時間: 102分 (1時間42分)
製作年: 1967年/日本

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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トラック運転手の五所川肇(北大路欣也)は、友人と一緒に血液検査を受けたところ
ある病気の兆候が見られた。看護婦の浮田奈美(星由里子)は、五所川に治療を
受けるように説得を試みる。。


 松山善三の脚本、、岡崎宏三の撮影、北大路欣也星由里子の熱演の
アンサンブルを料理する豊田四郎とてもバランスの良い好編

 北大路欣也演じる五所川の病名の発覚と、その理由は、事実の積み重ねと
分析が格段に進んだ21世紀も20年近くが経過しようとしている『今』となっては、
ミス・ディレクションであることはほぼ確定し、それ自体は「良い事」であると
言える。時代はとにもかくにも進んでいるということだから

 本作の真の価値は、物語のベースの大きなミス・ディレクションを正しく
減算したとしても、尚且つマイナスにはならないという"凄さ"に尽きる
だろう
。それゆえに今後も生き残っていく作品の一つと思える。

 自分の運命を悟った五所川を演じる北大路の熱演と、その思いを献身的に
受け止める星由里子演じる奈美の『生きる』ことへの誠実さはタイトルの"絶唱"
に相応しい

 本作の『真価』は、薄幸の肯定なぞにではなく、

 命そのものの現在進行形そのものへの強い肯定

 病になったことすらも肯定しようとするほどの命そのものへの賛歌の振れの
無さにある

 クライマックスであり、白眉であり、映画史に残る名シーンと言っていい奈美の
乗る列車をひたすら追いかける北大路のトラックのシーンの脅威のダイナミズム
は素晴らしいの一言でテーマの追及とも完全に符合する

 本作は、ラストまで随所で"映像で魅せる作品"でもあり、本作における撮影の
岡崎宏三
の貢献は実に大きい。影の主役と言っても決して過言ではない。

 命を奪うほどの病魔に襲われた時に、人は他者を恨めしく思い、辛く当たり、
その事を悔恨し、多くを失った後にようやく命の『尊さ』と日々の人生の素晴らしさに
気が付くパラドックスの映像化への結実。

 北大路欣也と星由里子は、脚本の意図をよく理解し、ただ若くエネルギーが余って
いるということではなく『生きている』ということを絶唱する演技を見せていて作品の
ボルテージと気品を上げていて尚且つ「清々しい」

 いしだあゆみ演じる心までも病魔に侵されてしまった憐れな娘すらも強く内包して
いく『命』そのものの尊さと熱さ。 

 松山善三の脚本は、事態に対しての人の行動に焦点をフォーカスすることに
無駄が無い。だから、「ひき逃げ」(1966)などの地味なテーマの作品であっても一級の
エンターテインメントになり得るのだろう。

 それにしても、自分の琴線の触れる作品への宮口精二の出演の確率の高さよ。
宮口精二出演作品に外れ無し




 観客に何を伝え、見せるべきなのか。

 豊田四郎松山善三岡崎宏三宮口精二は、「知って」いる。


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2018年4月28日 (土)

映画「アメリカの兵隊」

「アメリカの兵隊」
Der amerikanische Soldat
The American Soldier


監督: ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
脚本: ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
撮影: ディートリッヒ・ローマン
音楽: ピア・ラーベン

時間: 80分 (1時間20分) [モノクロ]
製作年: 1970年/西ドイツ

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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 ハードボイルド。

 ファスビンダーの「頭の中」に描かれた『世界』の中で、忠実に踊る演者達。

 その忠実性と、バレエのようにくるくと動き回る展開そのものが本作の魅力であり
中毒性は高い。ファスビンダーの妄想の世界の住人達と空間という意味では
ある種SFとも言える。
 

 チェックインしたばかりの見知らぬ男に身を任せる女。

 「愛している」と言ったその刹那に裏切る女。

 人間というものを、「根底から信じていない」主人公。

 1時間弱の中編でありながら印象的なシーンが多い。

 冒頭、男達の死ぬほど退屈だと言わんばかりにカードに興じるシーン。 

 序盤の男女二人の車内での会話のシーン。

 これらだけでもなぜか「ずっと眺め続けていたい」と思う。

 主にホテル室内で行われていく主人公の"お仕事"。
 噛み合わない警察組織の上司と部下。
 噛み合わない男女の会話。
 やはり噛み合わない親子の会話。。

 劇中の曲はファスビンダー自身が作曲・作詞したとか。
敢えて、意図的に配合のバランスを崩して酒成分を強引にあげてある酒のように
脳内に鋭く切り込んでくるスコア。

 やがて、訪れる美しいラスト

 踊れ、踊れ、踊れ

 

 実に『酔う』作品。

 しかも悪酔い。そして、それがとても心地いい。 

 クサヤの干物か、スルメでも噛じりながら

 大き目のお猪口で冷酒をグイグイと呷るような

 ファスビンダーの作品にはどれにも"酒"が入っている。
原材料は必ずしも上等ではないかもしれないが

  『ファスビンダー』

 という得濃成分がみっしりと入っている。

 本作は70年の制作であるが、本作も含めてファスビンダーの
作品には80年代的な空気を不思議と感じる。
 

  

 もう一度、冒頭から"がぶ飲み"したい

 そうして、強かに、ベロベロに酔ってしまいたい

 そんな作品。

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2018年4月22日 (日)

映画「果てなき路」

「果てなき路」
Road to Nowhere


監督: モンテ・ヘルマン
脚本: スティーヴン・ゲイドス
撮影: ジョゼップ・M・シヴィット
編集: セリーヌ・アメスロン
音楽: トム・ラッセル
音楽監修: アナスタシア・ブラウン
出演: シャニン・ソサモン,タイ・ルニャン,ウェイロン・ペイン,クリフ・デ・ヤング,
ドミニク・スウェイン,ロブ・コラー,ファビオ・テスティ

時間: 121分 (2時間1分)
製作年: 2010年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆+)(5個で満点)
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 どこかフランス映画の香り高いアメリカ映画。これはアメリカの良心の体現と
言ってもよいような監督のモンテ・ヘルマンの"気品"からくるものなのかもしれない。

 現実とフィクションがゆっくりと交差し、その刻みの細かさは後半加速していく。

 劇中における若き才能溢れる監督の主演女優への思いに

"寄り添わない展開"

はアメリカ映画的であるように思え、個人的には「寄り添ったまま」カオスに突入
してほしかった。

 「撮影現場」が劇中の舞台であり、各シーンが物語の展開そのままとなるので
その道に興味がある人はより楽しんで且つ学ぶこともできる工夫がされている。
それは、きっと制作サイドが意図していることでもあるのだろう。
 

 「今まで何本の作品を見たの?」

 「他人の夢を"観る"時間にふどれだけ費やしたのか映画監督に聞くのは
タブーだよ」

 

 カッケー。

 絶対に言えないこんな台詞(←当たり前)。

 『現実』は決して一枚岩ではなくて何枚もの薄い、それぞれが破れ易い層が
重なって、少し遠くから見た茫漠としたもの、それこそを「現実」と呼ぶ

 薄い層は描けているのだが、結局その各層を分解してみせずに丸ごと鍋に
放り込んでしまうような展開がどうにもアメリカ的?である。

 中盤での主演女優は、神がかり的に"美しい"が後半の展開には色々物言いを
付けたいことは付けたい。

 少しドライ過ぎる気がしてしまうが、こちらの方が"リアル"なのだろうか。

 ラストについては答え合わせをしないで考えるのが正しい鑑賞方法ではないかと思う。
 

 「ターミネーター2」(1991)でVFXを担当した4ワード・プロダクションがエンドクレジットに
見える。後半の飛行機激突シーンだろう。

 そういえば、このVFXシーンにはどことなくT2のトーンが感じられる。
 
 

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2018年4月14日 (土)

映画「コックファイター」

「コックファイター」
Cockfighter


原作: チャールズ・ウィルフォード
監督: モンテ・ヘルマン
脚本: チャールズ・ウィルフォード
撮影: ネストール・アルメンドロス
編集: ルイス・ティーグ
音楽: マイケル・フランクス
出演: ウォーレン・オーツ,ハリー・ディーン・スタントン,ローリー・バード,
トロイ・ドナヒュー,リチャード・B・シャル,エド・ベグリー・Jr,スティーヴ・レイルズバック,
パトリシア・ピアシー,ミリー・パーキンス
 
時間: 84分 (1時間24分)
製作年: 1974年/アメリカ

(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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闘鶏に人生を捧げる陽気な男フランク。試合で惨敗を帰し、栄誉あるメダルを
大会で手に入れることを誓うが。。

 

 製作がロジャー・コーマンで、監督が傑作「断絶」(1972)のモンテ・ヘルマンで、
撮影監督が、映画史に遺る奇蹟の叙事詩「天国の日々」(1978)ネストール・
アルメンドロスで本作が記念すべきデビュー作という布陣であれば必ず良い
化学変化・相乗効果が起きているに違いない。

 作品のテーマが『闘鶏』という地味と言えばこれほど地味なマーケティング
としての客層ターゲットを絞れない(あるいはこれほどの狭い絞り込みもない)
テーマであったとしても。

 その上に、主人公はなぜか「絶対に口を聞かない」ことを誓っていて(!)、
その具体的な理由は劇中の中盤まで明かされない(!!)という笑えるほど
「高いハードル」を作って製作されている。

 果たして、相乗効果は如実に「起きて」いた。

 主人公フランク演じるウォーレン・オーツによる"闘鶏ウンチク"のナレーション(!)
は頻繁に入るが、喋れないのでなく、無口でもなく、親や親友の復讐を誓った訳
でもないのに、

 一向に、全く、一語も、全然"喋らない"主人公

で物語が展開していくのは一種異様であるが、プログラムピクチャー規模の作品では
逆に「有り」かもしれないと観ていて思ったり。

 主人公は、喋れないのでなく、無口でもなく、親や親友の復讐を誓った
訳でないのに、一向に、全く、一語も、「喋らない」上に、

 フランクったらば、

 闘鶏に勝利する為ならば恋人にも親友にも迷惑をかけることに何ら躊躇しない。

本来ならば、物語展開の定石としては喋らない上に傍若無人としか思えない
振る舞いから起こるであろう数知れないトラブルと、軋轢と、それらを克服していく
過程での感動なり、和解なり、主人公の精神的葛藤と、成長が描かれていく。。

 はずだが、それは

 コーマン作品であるからして、テーマは勿論"そこ"ではなく、

そもそも"予算"が『絶対的に』許さない。

 赤字を出さないことが信条のコーマンであるから予算が無いものはどこまでも無い。
よって本作は、自ずと人の良さが滲み出るウォーレン・オーツの魅力を最大限に
引き出すこととなり、周囲はウォーレン演じるフランクを理解してあげていかなくて
はならない。

 喋らないフランクに起こりそうなトラブルが起こらない必然性としては、本作が
"アメリカ南部"を舞台にしていることは主要因の一つでように思える。

 闘わせる鶏は"バディ"(相棒)ではない。"消耗品"である。

 試合が済めばあっさり処分されていく。そのことにフランクは躊躇しないし、
当たり前のことだ。

 その背景には巨大な養鶏場飼育システムと市場があり、フランクやライバル達が
闘鶏だけで人生設計を立てようとするのは、養鶏市場が安泰であることの証拠に
他ならない。

 南部は大枠お政治思想は(恐らく)今でも保守的であり、伝統と誇りを重んじ、
新参者には排他の力学が働き、仮に自分達の生活サイクルを根本的に変えようと
するならどれほどの損害も辞さずに"戦う"であろう。

 2016年大統領選挙の結果は、"彼ら"の怒りの想定外の大きさだったことは
記憶に新しいところだ。

 主人公フランクが黙っていても鶏を調達できて、鶏の管理を任せられる"相棒"が
出現して、どんなに迷惑を被っても訴訟などには決して踏み出さない友人達がいる。
それは心優しい人々というよりも、南部という歴史と伝統を無意識に、或いは、
自覚的に共有する人々ではなかろうか。

 本作には"その枠内"より外の人々は一人も出てこない。

 本作の"退屈な点"は、価値感を異にする人々の登場が望めないことと、主人公が
「そのループの中でこそ寡黙でいられること」にあり、逆に本作の魅力でもあり
最後までそれなりに観れるのは、監督モンテ・ヘルマンと脚本家恐らくは演者達は
南部が舞台であることがよくわかっていて作っていることである。

 「闘鶏映画なんて一体誰が観に行くというのだろう。」

 ロジャー・コーマンは自嘲的に述懐しているが、描かれているのが闘鶏であれ
何であれ、そこに存在するであろう価値感を描ければ立派に作品は成立するなのであり、

 本作は、描けている。

だから、これほど地味なテーマもない上に、喩え主人公がとある事情により
喋らなくても"面白い作品"になる。

 ロジャー・コーマンやモンテ・ヘルマンがいなければ、映画という「この世界」の
風景はかなり大きく変わっていたことだろう。「そこ」で暮らす住人はきっと今より
減っていただろう。

 映画を作ることで、"センターではない"エリアを盛り上げたいという人がいれば
ヒントが詰まっているであろう?観るべき"逸品"。

 本作も、「断絶」も"アメリカ南部"というキーワードにおいて地続きの作品であり、
モンテ・ヘルマンは「アメリカを描く」ということについてかなり自覚的だと思える。
その事が両作品に映画としてのリアリティと好ましい風格を与えている。

 

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2018年3月31日 (土)

映画「シベールの日曜日」

「シベールの日曜日」
CYBELE OU LES DIMANCHES DE VILLE D'AVRAY
SUNDAYS AND CYBELE


原作: ベルナール・エシャスリオー
監督: セルジュ・ブールギニョン
脚本: セルジュ・ブールギニョン,アントワーヌ・チュダル
撮影: アンリ・ドカエ
音楽: モーリス・ジャール
台詞: セルジュ・ブールギニョン,ベルナール・エシャスリオー
出演: ハーディ・クリューガー,パトリシア・ゴッジ,
ニコール・クールセル,ダニエル・イヴェルネル,アンドレ・オウマンスキー

時間: 116分 (1時間56分)
製作年: 1962年/フランス

(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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空軍のパイロットだったが戦傷で記憶を失い呆然自失の日々を送っていた
ピエール(ハーディ・クリューガー)は父親の都合で修道院に入れられる少女
フランソワーズ(パトリシア・ゴッジ)と出会う。失踪してしまった父親の代わり
となってフランソワーズの相手をしていたピエールだったが、孤独だった
二人は気持ちを通わせるようになる。だが、周囲の目は厳しさを増していく。。


 『無垢』というものについての物語であり、人間達の対応についての考察的な
作品でもある。

 フランソワーズを演じる美しき少女パトリシア・ゴッジの魅力と、親子ほどの
年齢も違う二人の"男女"が接近していくという人間としては当たり前のことであるが、
社会規範や表面上の、取り繕い上のモラルとしては"断然許されない"ことから、
元々孤立していた二人は決定的に社会から疎外されていかざるを得ない。

 ピエールは、記憶を失っているだけでなく、戦場で少女に機上から銃口を向けて
しまったことにより、自分の生きて来た土台=社会そのものが信じられなくなり
日常というものに疑念と嫌悪感を持っている。

 煩わしい社交辞令という毒に侵されていないフランソワーズの持つ価値感が
ピエールにとってのミューズになるのに時間はかからなかった。

 フランソワーズの愛くるしさとピエールの恋人に嫉妬してみせたり、12才という
思考としては大人とほとんど変わらないが、社会の枠の外にいる奔放さが、
「映画」としてのもう一方の危うさと妖しさの魅力と持つ。

 フランソワーズを演じたパトリシア・ゴッジのキャラクターを越えているとも言える
魅力と魔性が作品そのものにとっても"ミューズ"でありながら、物語以上の様々な
憶測を観客に持たせてしまう功罪
もまたこういった映画の持つ巨大な魅力と
魔力なのだろう。

 本作は、時代の趨勢が作らせた作品とも言え、時代を本作以前・以後とも区切る
ことも出来るだろう。制作年付近の文献では本作のタイトルは割と良くみかけ、
イコンの一つとして確立している。

 フランソワーズを演じたパトリシア・ゴッジは本作についてどのように当時考え、
老年期を向かえているはずの今、どのように考えているのだろうか。 

 モーリス・ジャールの音楽とアンリ・ドカエの美しい映像が本作を一層気品のある
ものにしている。

 『映画』の一つの形では、ある。

 

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2018年3月25日 (日)

映画「僕の村は戦場だった」

「僕の村は戦場だった」
Ива́ново де́тство
Ivan's Childhood
 
   
原作: ウラジミール・ボゴモーロフ,ミハイル・パパワ
監督: アンドレイ・タルコフスキー
脚本: ウラジミール・ボゴモーロフ,ミハイル・パパワ
撮影: ワジーム・ユーソフ
音楽: ヴァチェスラフ・オフチンニコフ
出演: ニコライ・ブルリャーエフ,ワレンティン・ズブコフ,E・ジャリコフ
 
時間: 94分 (1時間32分)
製作年: 1962年/ソビエト
 
(満足度:☆☆☆☆)(5個で満点)
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個人的には他の作品のどれにもあるタルコフスキーらしさが
"感じられない違和感"

が新鮮な一本。

 その違和感は、キュブリックの幻のデビュー作品「恐怖と欲望」(1953)の
違和感の質と、"らしくない"という点において両者は「相似形」となる。 

 「映画を撮らねばならない」

 「映画ではなくてはならない」

という肩の力の入り具合と、まだ『彼ら』というものがきちと見出されていない
新鮮さとでも言おうか。

 終盤における

 「ナチス崩壊をソビエト側から見ている描写」

は、実に淡々としていて、ゲッペルスの焼死体についても監督としての描く意志は
画面からはまるで感じられない

 まるでニュースソースそのものであり、最初から企画ありきで国策映画のようにも
感じられる。

 作品からは、制作自体からしてタルコフスキーの本意ではなかったように
思われる
が実際のところどうだったのであろうか。

 他の作品との共通項としては、登場する少年の人間として「芯の強さ」は
感じられて「映画」として成立している。そう言えば、女性の側の視点が諸作品の
中に見当たらないのはタルコフスキーに

「自分は女であったことも少女であったことも無いので。」

と至極簡単に言われそうな気もする。「惑星ソラリス」での妄想の方向性からも
それは当然か。

 戦場で生きる軍人達、少年、一般市民は、

「自分達以外」という『世界』

に放り出されているという現実世界では当たり前の初歩の初歩であるが、

『映画』においては真逆で、

凡作ではほぼ必ず登場人物の誰かが神様の視点となって世界そのものを
脚本通りに引っ張っていく。

 そのことが往々にして「映画」をつまらないものにしていくわけであるが、
タルコフスキーの作品には徹頭徹尾『それ』がなくて、本作は氏の他の作品と
比べてしまうとイマイチではあるが、『それ』がない」というルールは、
本作においても守られていて、作品全体に心地よい緊張感がある。

 ただしクライマックスにおいては、"このルール"は破られてしまい、
作品をつまらないものにしている。

 タルコフスキーにもその自覚はあると思われる。作品のテンションの部分的な
低さがそれを証明しているように思う。

 ラストにおける悲哀と人間愛ともいうべきメッセージは流石。

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