旅2014 「東京~大阪~京都(二)」
東京から、大阪を経て、京都へ向かって旅に出た。
まだ立ち入ったことのない"街"をこの目で見、触れる為に。
友と再会する為に。
愛車の某ビッグバイク(HONDA 1500CC)"黒王"は、
今回はお留守番。。
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8月19日(火) 晴れ 第3日目 大阪(三)
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7:30 起床、朝食。
・ホテルのバイキングへ向かう。バイキングは、自分にとって
「アウェー」であるからして、入り口を通過しようとすると、
当然のように厨房から係の方が猛然と飛び出して来る。
「今日は何でしょ、、朝食券もちゃんと持ってますよ。。(ーー;)」
と思って構えると、券を手渡ししてほしかったらすい。
他の人は籠に入れて素通りなのに。
「アウェー」だから全く気にしない(←気にしてる)。
・バイキングも二日目にしてやや慣れる。
パスタとスクランブルエッグと生ハムと
揚げ物とサラダと味噌汁とオレンジジュース。
それにしても、バイキングをしている人々を見ていると
獲物に向かっていく"それ"は狩猟そのものであり、
人類の血塗られた歴史を思わずにはいられない(←大袈裟)。
それはそれとして、このホテルのバイキングは美味しくて
厨房の人々の動きもキビキビしていて満足。
8:45 外出
・堺筋線(さかいすじせん)に乗り、動物園前駅で降りる。
動物園前駅というだけあって、構内の通路は「檻」のような格子で
区切られていて、殺風景な通路を歩いていると、動物園の動物に
なった気分を堪能できる(*^ー゚)b
・阪堺上町線に乗り換える。大阪唯一の路面電車だとか。
10:00 松虫駅着。
・熊野街道を入ってすぐに安倍清明神社に着く。
晴天の下で紺の色の五芒星(ドーマンセーマン)の旗が鮮やかに
揺れている。安倍清明は10代半ばの頃にひどく嵌っていた荒俣宏の
伝奇小説「帝都物語」の最重要キーワードの一つで、感慨深く小さな
神社を見渡す。
・子供連れの家族が来て、少女が両親に勢いよく何かを喋っている。
その様子は、相米慎二監督の秀作「お引越し」(1993)で田畑智子
が演じるレンコに話す素振りがそっくりで「きっと京都生まれの子
なんだ」と変に関心。
・ほど近くの安倍王子神社にも立ち寄り、街道をゆっくりと歩く。
街道といってもきっちりとある意味味気なく舗装されているごくごく
普通の住宅街。90才も超えるかと思われるご老人が茫漠と佇んで
いる。会釈をすると、とても良い笑顔で会釈を返してくれた。何となく
ブレッソンの写真に映っている「その他大勢」の群衆の中の顔を
思い出す。この神社に来ることもこの街道を歩くことも、もしかしたら
もうないのかもしれない。この老人と会うことは当然であるが、
二度とない。
・北畠顕家(きたばたけ あきいえ)(1318-1338)の墓がある北畠公園を
通過し、静かな住宅街をひたすら歩き続ける。暑さと、晴れた空が
とてもここちいい。夏はこうでないといけない。
12:30 阿倍野神社着。
・閑静な住宅街の只中に在る阿倍野神社も北畠顕家を篤く奉って
いる神社で、北畠顕家、はこの周辺も含めた天王寺一帯で足利尊氏の
軍勢と激闘を繰り広げて享年20才で亡くなったらしいが幼少期から
聡明の誉れが高く容姿も良かったようで人望も人気も兼ね揃えた
人物だったようだ。
・当時の政(まつりごと)を厳しくそして誠意を持って批判し、且つ
具体策を献策した今に伝わる「顕家諫奏文」を読めば、人気だけで
なく"実力確かな人物"であったことが伺える。そして、諫奏文の
内容は人という生き物と世の中というものの基本フォーマットは、
数百年前も今も何一つ変わっていないことを教えてくれる。変わった
のはインフラだけであると言ってもいいだろう。
13:30 岸里玉出駅(きしのさとたまでえき)着。
・駅のすぐ近くでおばあちゃんの焼いてくれたタコ焼きを買う。
駅のホームで午後の風に吹かれながら食す。10個で200円と
リーズナブルでありながら、外はカリカリ、中はジューシーで蛸も
しっかり入っていて美味し。連日天気が良くて、雨男の自分は
それだけでテンション上がる。
14:00 住吉神社着。
・なかなか広いエリアに木造アーチ造りの橋有り、小川あり、
神社も幾つもあってちょっとしたテーマパークのような雰囲気。
来客の層も家族連れからアベックから旅人から色々だか、皆、
この神社を目指してわざわざ来たという印象を受ける。なんでも
本殿の"住吉造"というのは神社建築史上最古の造りということで
国宝に指定されているらしい。平日の昼下がりということもあって
貸しきり状態でじっくり鑑賞。確かに屋根の構造は現代建築とも、
よく見るいわゆる神社のそれとは余りにも違い、大事に保存と
メンテナンスをして残していくしかないように思える。
・時折り、どう見ても堅気ではないスーツ姿の兄さん達が来て、賽銭を
して丁寧に頭を下げていく姿が。Tシャツ,半ズボンでも充分にクソ暑い
中をスーツとネクタイという姿は、"そこだけについて"は単純に関心。
・周囲を散策後、南海線沿いに商店街を少し歩いてみる。イカス
雰囲気の雑貨屋さんを見つけて許可をもらって写真を撮っていると、
この光景を寸分違わず見た記憶が湧き起こる。かなり久しぶりの
デジャヴで仕事に追い立てられてきた日々から急に解放されたから
だろうと自己分析する。
16:00 なんば駅着。
・駅構内のカフェでまったり。店員の対応の良さとテキパキとした
動きを見て癒される。
16:30 道頓堀着。
・昔からテレビで見て知っていた現場に到着。東京でも全国どこでも
そういうものであるけどもあるが特定のエリア(野球やサッカーの勝利に
酔って人々がダイビングをする例の場所)以外は基本的に閑散としている。
平日だからかもしれないが。
・この周辺一帯も既に『開発』という言葉に激しくしかも何度も洗われて
しまった後らしく、集客を最優先にしてただそれだけを目的としたコン
テンツを売り物にする店ばかりが延々と続き、しかもその多くは皮算用
通りには行っていない印象を強く受けた。来るのが遅すぎた感は否め
ない。でも、今日という日に来れたから良しとする。
・お嬢さん二人組に写真を撮って欲しいと頼まれ、快く応じる。ところが、
渡されたのはカメラではなくスマフォで操作が判らず往生する。
「いいですかー。ハイ、チーズ(^-^;)」
とシャッターボタンに該当する所を押そうとしたところデリケート過ぎて
触るだけで何回も撮られてしまい大変焦る。幸いにして及第点の
写真があったらしい。。頼りにならずスンマセン。
・物凄い人だかりと女子の群れの黄色い歓声が急速に近づいて来る。
何だろうと思うと某中堅お笑いコンビの一人とその取り巻きだった。
芸人でありながら一応イケメンというカテゴリの走りの一人であるが
ほんの数メートル隣で何十人(の女子)にキャーキャー言われながら
歩く男を見ながら並行して歩くというのもなかなか面白い。テレビの
影響力の大きさというものを思い知る。
17:00 大阪城着。
・夕焼けに映える大阪城を見たかったので調度良い時刻に到着。
まずは堀と石垣の"構造的な美しさ"に魅了される。民を統べ、
全国の武将達に、軍事力と、経済力を見せつけ圧倒することをも
計算に十分に入れたされた美しさだったのではなかろうかと推測。
しばし、見入る。
・大阪歴史博物館から見えた大阪城は、背後を完全に高層ビルに
抑えられてしまって、寂しさと憤りを激しく覚えたが近くに来てみると、
ビル郡とは距離があって安心する。大阪城はこれからもいつまでも
孤高で圧倒的な存在感を放ってほしいものだ。
19:00 ホテル着。
・今日も商店街に繰り出す。明日は大阪滞在最終日なので、その点に
配慮しつつ歩く。「世界の酒」という京都の友人に持っていく土産を
買うのに最適なお店を発見。少しだけ店内を覗くと、予算内で買えそう
な物も多い。明日寄ることに決定。
20:00 夕食。
・オムレツ店を再訪。
ビーフ・ストロガノフ・ステーキ入りオムレツ
という「コレを食わずして死ねるか(゚д゚;)」ばりのオムレツ(のセット)を
即決注文。そして、、美味いに決まっているじゃないですか。
サービス券をまたくれたけど、次回来るのは少し先です。
でも、また必ず来ます。
・前回と同じ近くの古本屋に行く。オムレツを食べて古本屋へGOが
既に黄金パターンとして確立。だが、それも今日で最後だ。以前から
知っていたある書評がワンコインの値段だったので購入。
21:00 全日程終了。
・いつもと同じコンビニに寄って帰還。シャワーを浴びてからホテルの
パソコンのインターネットを少し使ってみる。
・買ってきた本を読んでウトウト。23時頃、就寝。
三日目無事に終了。
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8月20日(水) 晴れ 第4日目 大阪(四)
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7:30 起床、朝食。
・ホテルのバイキングへ向かう。バイキングは自分にとって
「アウェー」であるからして、、、
と思いつつ入り口を通過。今日は何事もなし。
パスタとスクランブルエッグとソーセージと
味噌汁とオレンジジュース。
8:45 外出
・今日は今回の旅の主目的の一つであり、且つ
「青春の日」との決着をつける日である。
JR東西線に乗り、放出(はなてん)で大阪東線に乗り換える。
さらにJR河内永和駅から近鉄奈良線に乗る。
10:00 若絵岩田駅着。
・すでに炎天下となっているが、心地よい晴天の下、歩き始める。
駅を出るとすぐに田園風景の中に大きなマンションが聳え立っていて、
今日の訪問先の某作家も若かりし頃マンモスアパートに好んで住んで
いたことを思い出す。
・木村重成(1593-1615)、山口重信(1590-1615)といった大阪夏の陣で
没した武将の墓を見る。木村重成の墓は公園内にあって、山口重信の
墓は一般市民の墓の区画内にあって改修中のようだった。周囲には
戦死した人の墓が一際大きく幾つも在ったのがひどく印象的。
陸軍歩兵、陸軍工兵など陸軍ばかりで、同じ苗字の墓も目立つ。
一つの墓にはこんな言葉が刻まれていた。
昭和十一年 入隊
昭和十九年 七月○日 戦死
行年 二十八才
八年を軍隊で過ごし、大ベテラン兵士として国内外で活躍し、
戦死された時は多くの人々に惜しまれたことが伺えた。
墓地の中央には地蔵があって、雨除けの屋根もあり誰でも焼香できる
ようになっていたが、たまたま訪れただけの自分が焼香するのは
違和感を感じ、手を合わせ、一礼だけして墓地を出た。
・一帯は中小企業が多くある街らしく、トラックが忙しく行きかい
規模の大きくない倉庫や工場があり、工作音が鳴り続けている。
川と畑と工場。少年の頃の環境と似た雰囲気もあり昔を思い出して和む。
・東に向かって、青空の、猛暑の下、ただひたすらに歩く。
目的地に近づくと、辺りは不自然なほどの静けさに一気に包まれて、
真昼間だというのに夕方のように鈴虫の音が響き出した。
「目的地は近い」と確信する。"その作家"の幾度となく描いてきた
点景のイメージだからだ。
・小阪神社という住宅の只中にある小さな神社で休憩と昼食。
住宅音は皆無というほど無く、静かに風が吹く。その作家も何度も
訪れたであろうことが雰囲気から十分に窺えた。思いに耽って
いると、かなり高齢と思われる老人が自転車で来て、鳥居に深く
深く礼をしてすぐに立ち去った。空が蒼い。
その作家も蒼い空と、"風"をこよなく愛した。
12:30 司馬遼太郎記念館着。
・本日の主目的の場所に到着。自宅の敷地に記念館が併設されて
いる。入り口を歩いていくと、特集本で幾度と無く紹介されていた
司馬が愛用した書斎が庭から見れるようになっていて当時のままを
再現してある。この書斎から、自分が20代とっくりと酔わされた膨大な
量の作品・紀行文が生まれていった。庭にはこちらも司馬の愛した
木々キンモクセイやクスノキが植えられていて雑然とした感じだが、
整理され過ぎないことが書斎の司馬には大事だったようだ。
・館内には司馬の創作の秘密と生前の資料がみっちりとあるのかと
思ったが蔵書と氏の作品と愛用品の"展覧"という趣向で予想とは
やや違っていた。寧ろ関心したのは安藤忠雄の設計による建物の
方であった。地下を入れると、四階建て程度の構造に大きく吹き
抜けの壁には司馬の蔵書の一部と著書が壁画のように並べられ
ている。地下には映画館と呼んでも差し支えない大規模な映写室
があって、NHK大河ドラマに合わせて播磨灘物語に焦点を当てた
番組が繰り返し"上映"されていた。記念館の全体が司馬遼太郎
を悼み、同時に意思を継ぐ者を待つ有機的な機構となっている。
・二時間ほど堪能して、記念館を出て、帰りにも氏の書斎と庭を
改めてゆっくりと見学した後、書斎に向けて深く礼をした。
20代全部と30代、貴方の作品と思考にはすっかり酔わされました。
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「秋風が冷ややかに吹き、
日本晴れの空は果てしなく澄みわたっている。
私は物干台に立って何気なく四方をながめた。」
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若干15才の福田 定一少年が、昭和十一年の当時に学友誌に寄せた
文章の、冒頭の一文を読むと、そこには、既に後の国民的作家の姿が
充分に垣間見えることに驚く。"司馬史観"と呼ばれることになる何物か
の影すらも。
「ありがとうございました。」
入り口を出ると、蝉が死んでいた。
16:00 通天閣着。
・通天閣の周囲の混沌ぶりを空想して楽しみにしていたが、私が期待して
いた雰囲気はとっくに時代に洗い流されてしまっていた模様。まるで
特撮怪獣のように、取り残されたように通天閣は立っていた。足元の
映画館ではロマンポルノや健さんの任侠映画が上映されていたのが救い
のようにも感じる。
・通天閣の真下でしばらく人間模様を観察。銭湯があることに気付き、
時間的にも調度良いので入湯。500円の"入浴セット付き"で入るが
申し訳なさげ程度の使うのにギリギリな大きさのタオルと石鹸に"大阪"
を感じた。
・露天風呂に入ってにみると、かつての一大中心地とはとても思えない
まるで山奥にでも来たような静けさに驚くと共に旅の疲れを取る。
空には夕焼けが迫ってきた。大阪の旅はこの時点で事実上終わった。
・銭湯から出て、廃れた商店街をブラブラ歩いていると、数日後に
会う約束をしている友人Oから電話がかかって来た。何かと思えば、
会食の場所をメールでやりとりしていたが、"埒"が空かないので
"ライン"にしてくれとのことだった。
これまでの「ライン、便利だよー(^o^)」という程度のニュアンスから、
「ラインにしてくれなけば、(連絡が面倒で)困る(-_-)」
というはっきりと"要請"レベルに上がっていてややビビる。
「ラインてさ、"既読"っていうのあるんでしょ。俺はきっと既読のまま
放置してしまったり、何日も沈黙してしまったりして、気分を悪くさせて
しまうだろうからさ、だから、、(^^;)」と今回も固辞しようとするが
「今更、沈黙されて気分を害するような間柄でもないでしょ(-_-)」
とOの一歩も引かない様子にたじろぐ。
何とか、お茶を濁し、お互いの近況を話し、数日後の再会を約して
電話は切れた。
ラインやSNSなんて、近寄る気はこれまでも今後もないが向こうから
津波のように、騎兵隊のように迫ってくるかのようだ。
「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(1990)でのケビン・コスナー演じる
ジョン・ダンバー中尉にでもなったような気分だ。
「通天閣よ、お前は、今の時代に何を思う?」
空は赤く染まり始めていた。
19:00 ホテル着。
・大阪では最後の夜。とくに感慨もなくいつも通り外出。
20:00 夕食。
・数日前に見つけてあった小さなステーキ専門店に入る。
フィレステーキのセットメニューを注文。カウンター席に座ると、
店主が目の前でステーキをじっくりと焼き、丁寧に切り分けて
くれた。ご夫婦で経営しているらしく、奥さんと思われる人が
こちらも丁寧に膳を用意して運んでくれた。メインの肉は期待
通りにジューシーであるが、ご飯がやたらと美味くて感動。
米が光っている。産地を聞こうと思ったが店の静かな良い
雰囲気を壊したくなくて黙って食事を愉しむ。
・大阪での最後の滞在と、一時代を共に過ごした作家との区切りの
日を祝して、食後に赤ワインをオーダーし、飲みながら感慨に耽る。
かつてなく余りにも順調な旅を素直に喜んで、店のご夫婦にも
礼を言って店を出る。オムレツ店と同じく再訪店にエントリー決定。
・昨夜見つけた「世界の酒」なる店に行く。京都の友人への土産の
酒を物色。焼酎、日本酒、ウイスキー、ワイン、、ワインの棚を
しばらく眺めていると、自分のハンドル名と同じズバリ
"KURONEKO"なる銘柄を発見。スペイン産の白で値段もお手頃。
コレに決定。割れないようにプチプチを巻いて包装してもらう。
22:00 全日程終了。
・明日の朝、朝食を済ませたら、すぐにチェックアウト出来るように
荷物をまとめる。買った本が加わった分、重くなった。。
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