そして、夜は更け往く
「私は、今も死に場所を捜しているの。」
マナは下を向いたまま小さく呟いた。
「頑張って生きていけばいい。」
言うのは実に簡単なことだ。
しかし、本人にしてみればそれは容易なことではない。
マナが笑って生きていく為に自分が出来ることなんて
いかほどもあろうか。
私は返す言葉もなく、ただ沈黙した。
「私は、今も死に場所を捜しているの。」
マナは下を向いたまま小さく呟いた。
「頑張って生きていけばいい。」
言うのは実に簡単なことだ。
しかし、本人にしてみればそれは容易なことではない。
マナが笑って生きていく為に自分が出来ることなんて
いかほどもあろうか。
私は返す言葉もなく、ただ沈黙した。
「ふ~ん。Kがそう言ったの?」
Iは、盛られた料理を取り皿に移してゆっくりと口に運びながら言った。
「ね、意味判んないでしょ?」
恵美は、Iに同意を求めた。
「まあでも、Kらしいと言えば、Kらしいな。」
Iは口元を拭きながらぶっきらぼうに答えた。
恵美はここでもまた憮然としなければならない役回りに
ややうんざりしていた。
一体何だというのだろう。
当時の仲間がそれぞれ別のルートで、時期もバラバラではあるが
故郷を遠く離れて東京に出てきたことを喜び合い、あの頃のように
一緒に何かをしたい。恵美の素朴な願いは暗礁に乗り上げつつ
あった。
「Iさんは、どう思うんですか?Kさんは何を考えているの?」
「どうって、、」
今度はIが憮然とする番だった。
Iにとっては、Kの考えなぞは鼻から知ったことではなかった。
そもそもIは、昔から自分こそがKのすることに振り回されて来たと
内心では思っている。確かにIとKは色々な事を一緒にやってきた
関係ではあったが、IにはIの、KにはKの、お互いの立ち位置の違い
というものもある。その辺の"機微"というものを恵美に説明するのは
Iにとって今さらな事であった。仮にそんな事を説明されたところで
恵美も少しも楽しくないだろうし、結局のところ納得もしないだろう。
「Kにはさ、きっとやりたい事があるんだよ。うん。きっとそうだ。」
Iは、そう言って恵美にメニューを渡して追加の注文を促した。
「やりたい事なんて、私だって沢山あります。誰だってそうでしょ?」
「...」
Iは、返答に窮し、沈黙するしかなかった。
はっきり言って、Kなんてどうだっていい。
それが恵美に判らないことが、Iにはもどかしかった。
友人に電話をかけると言って恵美は席を立った。
「"K"か、、、」
テーブルに独りになったIは小さく呟くと、グラスに残っていた
赤ワインを一気に飲み干した。
戻ってきてからもまだ意気消沈している恵美の様子を見て、Iは
ふとなんとも言えず可笑しくなってきて爆笑したくなってしまったが
恵美を気遣って何とか抑えた。
店を出て、二人は少し歩いた。IはKの話題には最早触れようとは
しなかったが、その動機はKとはおよそ対照的だった。恵美はそんな
Iの態度に同じ結果に辿り着くようでいて、スタート地点の相違のような
ものを、IとKそれぞれに見たように感じた。
Iが言うようにKは周囲の人間には判らない「何か」を見て、そこに
向かおうとしているのかもしれない。IはIで、"今"という時が楽しくて
仕方がなく特定の物に縛られたいとは思っていないのだろう。
恵美は、IとKの行動が単純に足し合わされば、それでいいのに
そんな簡単な事がなぜ二人には出来ないのかが判然としなかった。
IがKであり、そして、KがIであれば、、
送っていこうとしたIを恵美はこれから知人と会うからと辞して途中の
駅で別れた。
電車の窓からは都心のビル郡の輝きがいつものように綺麗に見えた。
まだ都会というものに慣れていない恵美はつい見入ってしまうところだが、
今日はただ光の集積が遠くに見えるだけで何の感慨もなかった。
<=== Back >> index << To be continued ===>
「。。。判りません。」
恵美は、そう答えた。
「そうかもしれないね。」
Kは、コーヒーを一口飲み、静かに頷いた。
「。。。なんでそんな風に考えるの?」
恵美は、Kの顔をしみじみと見つめて問いただした。
「なんでか、、、難しい質問だけど、"そう考えるしかないから"
今はそうとしか答えられない。ずるい答えだね、ゴメン」
Kは、淡々と答えた。
「だって、あんなに楽しそうにやっていたじゃないですか。
皆、KさんとIさんは凄いねっていつも言っていたのに」
恵美は到底納得いかない様子でカフェオレに手を伸ばした。
「"楽しんでいた"か。確かにね。楽しんでいたよ。恵美も
頑張っていたよね。本当にあの頃は楽しかった。」
Kは窓から見える店の外の景色に目をやった。しかし、その先にKが
見ているのは恵美やIと毎日のようにつるんでいた"当時"の光景だ。
「じゃあ、何で?どうして?」
恵美はカップを両手に持ったまま憮然とした表示でKを見ている。
Kは昔から恵美を妹のように思い接してきた。今日の恵美の素振りを見て、
Kは改めてそう感じていた。
「。。。この話はもう止めないか?僕の答えは変わらないし、
上手く説明も出来る自信も"今"はない。君を退屈させたくないし、
ましてや不愉快になんかさせたくなんかない。せっかく久しぶりに
会ったのに」
心から恵美を気遣ってのKの提案だった。このまま同じ話題の会話を
続ければ、お互い不愉快な気分のままで次はいつになるか判らない再会を
待たなくてはならない。空中分解で終わる会話はエゴイストのKは慣れっこ
になっていて平気だったが、そんな思いを恵美に味あわせるわけにはいかない。
「判らない。Kさんの言っていること。。私、判らない」
恵美はほとんど空になった自分のカップの底を力無く見詰めながら同じ言葉を
何度も呟いた。
「出ようか。」
Kは架けてあった恵美のマフラーをそっと渡した。恵美は目線を下に向けた
まま受け取った。
「雪になるかもしれないね。今夜は。」
Kは独り言のように静かに呟いた。
再会を祝して摂った夕食の間もKとの会話はありきたりな巷のトレンドの
話題に終始し、恵美は、想定していた時刻よりも早く帰路に着いた。
恵美にとって予想を裏切る展開だった。話しの盛り上がり次第では
都内近郊で暮らしを営んでいるお互いの当時を知る共通の知人を突然の
振りをして呼び出してKを驚かせ且つ悦ばせる手はずだった。知人にも
その可能性を数日前から打診し、了承済みだった。
雪がチラつきだした。恵美は自宅への歩みを急いだ。
恵美へのKの気遣いは見事に失敗していた。差し障りの無い話題を周到に
選んで会話を続けるKに恵美は失望し、傷ついていた。自分のプランが頓挫した
恵美は、長らく尊敬の念を抱いていきたKに対して怒りすら感じた。
メールの着信音が鳴った。雪の舞う人気の無い路地で、ことさらに大きく、まるで
響くようにも感じた。恵美は歩く速度を落とさずに携帯を取り出した。
"今日は、連絡なかったね。上手くいかなかった?"
突然の呼び出しの可能性に快く待機してくれていた友人からだった。
恵美は携帯を上着のポケットに深く閉まった。返事をすぐに出す気には
到底なれなかった。
「Kさん、意味わかんない」
近くまた会う約束をして別れる時のKの妙に晴れやかな笑顔を思い出し
恵美はそう呟いた。
最近のコメント